日常に“学び”をプラス 漢字カフェ

  • コラム
  • 暮らし
  • 歴史・文化

あつじ所長の漢字漫談15 パンの車って?~中国と日本の漢字の違い~

2017.11.13

あつじ所長の漢字漫談15 パンの車って?~中国と日本の漢字の違い~

 漢字ミュージアムではいま「東アジアにおける漢字の歩み展」を開催しており、日本と中国、韓国、そしてかつて漢字を使っていたことがあるベトナムについて、それぞれの国の文字の面でのつながりと、国ごとの文字の歴史的移り変わりを見ていただけるようにしています。もちろんこの地域では漢字がもっとも中心にあって、いまも中国では漢字が使われていますが、ただ街中では漢字の形を大胆にくずした簡略化字形(簡体字)が使われていることは、日本でもよく知られています。

 中国語と日本語はもともとちがう言語ですから、漢字の形を同じにしたらすぐに理解できる、というような単純なものではありません。

 数年前に開かれた高校の同窓会で、友人の一人が、会社を定年退職したので、長らく苦労をかけた女房と中国旅行をしてきた、という話をしだしました。ふむふむと聞いていると、中国語なんか漢字を見たらだいたいの意味がわかるだろう、とたかをくくっていたら、いたるところで見かける看板や掲示がまったく理解できないことに驚いた、といいます。なにを当たり前のことを、と内心では思いながら話の続きを聞いていると、古都西安観光のおりにバスが有名な「秦始皇兵馬俑博物館」の駐車場に停まったところ、すぐ近くに「小面包专用」と書かれた看板が立っていたのだそうです。このことばの意味は、中国語を勉強した経験のない人にはまずわかりません。特に「专」という字は、日本では使われない簡体字ですが、しかし彼はすでに中国滞在4日目で、簡体字にも少し慣れてきたところでした。それに夫婦ともにもともと書道のたしなみがあったので、それが「専」という字の草書体に似ていることに気づき、「专用」が「専用」であるとわかりました。



 それだけでも実はたいへん立派なことなのですが、しかし「小面包」はまったくわかりません。それで通訳をしていたガイドさんにたずねると、なんとマイクロバスのことだというではありませんか。不思議に思った彼は、さらにガイドさんを質問責めにして、「面」が「麵」の簡体字として使われていることを知りました。「麵」は「めんるい」の麵ですが、でも「麵包」と書いても、それがなにかはわかりません。そこで彼はさらにしつこくたずねて「麵包」がパンのことだとまでわかりました。

 しかし運悪く、バスの駐車位置をめぐってガイドさんが現地の係員ともめていたのでそれ以上の質問もできず、「小面包」がなぜマイクロバスという意味になるかは、とうとうわからずじまいだったそうです。

 たまたま同窓会で出会った私が中国語の教師だったもので、彼から「たねあかし」を希望され、スライスしていない食パンの細長い長方形とバスの形が似ていることから、中国語ではバスのことを「面包車」、すなわち「パンの車」という、だから「小面包」が「マイクロバス」という意味になるのだと教えてやりました。

  「面包車」では「面」が「麵」の簡体字として使われているので、日本人にはよけいわかりにくいのですが、簡体字を使わなくても、簡単な漢字で書かれながら日本人にわからない中国語はざらにあります。

 ある時、漢字にかかわる遺跡や博物館をめぐるツアーに同行する解説者として、中国旅行にいったことがあります。参加者は 30 名前後なので大型バス1台で各地を効率よくまわれましたが、移動途中はひまだから、バスの車窓から目に入ってくるものについてよく質問をうけました。

 なかでも多かったのが「正宗川菜」についてで、中国では大きな街でも小さな集落でも、街道に面した食堂とおぼしき店にしばしばこの四文字が書かれています。



 この4文字には簡体字もなく、いまの日本語で非常によく使う漢字ばかりですが、でも意味がわからないのでよく聞かれました、あっさり答えを教えるのもつまらないので、時々は「どういう意味だと思います?」と聞き手をじらしたものでした。するとある時、「どこか有名な酒の生一本と、コイやフナなんかの川魚を食べさせる店ではないかなぁ」と答えた人がいました。

 なにを言ってるのだ! ここは中国であって、信州や四国の渓谷にある料理旅館ではないんだよ! といいたい気持ちをおさえながら、おもむろにかつ穏やかに正解をあきらかにしたのですが、「正宗」とは「正真正銘の」という意味、「川菜」とは「四川料理」のことです。だから「正宗川菜」とは生粋の(辛さを手加減していない)四川料理という意味なのです。

 ちなみに少々辛いものには自信があるという方でも、「正宗川菜」の店にはかなり気合いをこめて入ることをおすすめします。その辛さはそうなまやさしいものではないことを、私はこれまでになんども経験しています。


《著者紹介》
atsuji_muse.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像
阿辻哲次(あつじ てつじ)
京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長

1951年大阪府生まれ。 1980年京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員として2010年の常用漢字表改定に携わる。2017年6月(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所長就任。専門は中国文化史、中国文字学。人間が何を使って、どのような素材の上に、どのような内容の文章を書いてきたか、その歩みを中国と日本を舞台に考察する。
著書に「戦後日本漢字史」(新潮選書)「漢字道楽」(講談社学術文庫)「漢字のはなし」(岩波ジュニア新書)など多数。

《記事写真・画像出典》
・記事上部 マイクロバスの写真、記事中「正宗川菜」店は、著者撮影
・記事中「専」の草書体は、二玄社『大書源』より

続きを見る

  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • LINE
  • google+

コラム

  • 四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

    四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

     国語のテストで「危機一発」と書いたら、確実にバツ…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

    あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

     これまで仕事や旅行で、長期短期とりまぜ、中国には…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

    あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

     京都・祇園にある漢字ミュージアムの近くには、毎年…

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

    四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

     「手練手管」を、辞書で調べてみましょう。  たい…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談21「鬼」の話

    あつじ所長の漢字漫談21「鬼」の話

     子ども達がまだ小さかったころ、泊まりがけの家族旅…

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り2:「空前絶後」のお笑い芸人って!?

    四字熟語根掘り葉掘り2:「空前絶後」のお笑い芸人って!?

     昨年、大ブレイクを果たしたお笑い芸人、サンシャイ…

    記事を読む

コラム記事一覧へ

暮らし

  • 四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

    四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

     国語のテストで「危機一発」と書いたら、確実にバツ…

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

    四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

     「手練手管」を、辞書で調べてみましょう。  たい…

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り2:「空前絶後」のお笑い芸人って!?

    四字熟語根掘り葉掘り2:「空前絶後」のお笑い芸人って!?

     昨年、大ブレイクを果たしたお笑い芸人、サンシャイ…

    記事を読む

  • 2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワークショップを開催

    2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワークショッ…

     京都・祇園にある「漢検 漢字博物館・図書館」(漢…

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り1:ほんとうは6つあった「冠婚葬祭」の話

    四字熟語根掘り葉掘り1:ほんとうは6つあった「冠婚葬祭」の…

     四字熟語と聞くとどのようなイメージをお持ちでしょ…

    記事を読む

  • パソコンで扱える漢字が6万字に。国際規格化が完了。

    パソコンで扱える漢字が6万字に。国際規格化が完了。

     12月25日、IPA(独立行政法人情報処理推進機…

    記事を読む

暮らし記事一覧へ

歴史・文化

  • あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

    あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

     これまで仕事や旅行で、長期短期とりまぜ、中国には…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

    あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

     京都・祇園にある漢字ミュージアムの近くには、毎年…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談21「鬼」の話

    あつじ所長の漢字漫談21「鬼」の話

     子ども達がまだ小さかったころ、泊まりがけの家族旅…

    記事を読む

  • 3/10漢字ミュージアムであつじ所長の漢字漫談と拓本・ゴム印づくり体験のナイトツアー開催

    3/10漢字ミュージアムであつじ所長の漢字漫談と拓本・ゴム…

     京都・祇園にある「漢検 漢字博物館・図書館」(漢…

    記事を読む

  • 2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワークショップを開催

    2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワークショッ…

     京都・祇園にある「漢検 漢字博物館・図書館」(漢…

    記事を読む

  • 漢字コラム36「冷」神々しいお告げは、しびれる?

    漢字コラム36「冷」神々しいお告げは、しびれる?

     「今年一番の寒気が流れ込み、全国的に冷え込むでし…

    記事を読む

歴史・文化記事一覧へ

PR記事
  • 3/29「日本漢字学会」設立総会&記念シンポジウムを開催!ありそうでなかった学会が発足します。

    3/29「日本漢字学会」設立総会&記念シンポジウム…

    記事を読む

  • 「漢字まなび活動助成」平成30年度応募受付が4/1からスタート。

    「漢字まなび活動助成」平成30年度応募受付が4/1…

    記事を読む

  • 251校の専修学校が「漢検」を経済的援助の条件に活用!

    251校の専修学校が「漢検」を経済的援助の条件に活…

    記事を読む

  • 3/10漢字ミュージアムであつじ所長の漢字漫談と拓本・ゴム印づくり体験のナイトツアー開催

    3/10漢字ミュージアムであつじ所長の漢字漫談と拓…

    記事を読む

  • 2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワークショップを開催

    2/12漢字ミュージアムでやすみりえさんの川柳ワー…

    記事を読む

最新記事
  • 四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

    四字熟語根掘り葉掘り4:「危機一発」ってホントに間違い?

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

    あつじ所長の漢字漫談23 一世代は30年

    記事を読む

  • 3/29「日本漢字学会」設立総会&記念シンポジウムを開催!ありそうでなかった学会が発足します。

    3/29「日本漢字学会」設立総会&記念シンポジウムを開催!…

    記事を読む

  • 3/17に国研でシンポジウム「顕在化する多言語社会日本」が開催

    3/17に国研でシンポジウム「顕在化する多言語社会日本」が…

    記事を読む

  • 「漢字まなび活動助成」平成30年度応募受付が4/1からスタート。

    「漢字まなび活動助成」平成30年度応募受付が4/1からスタ…

    記事を読む

  • 251校の専修学校が「漢検」を経済的援助の条件に活用!

    251校の専修学校が「漢検」を経済的援助の条件に活用!

    記事を読む

  • 3/3に国研で「日本語学習者の文章理解」に関するシンポジウムが開催

    3/3に国研で「日本語学習者の文章理解」に関するシンポジウ…

    記事を読む

  • あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

    あつじ所長の漢字漫談22「寺」のルーツ

    記事を読む

  • 四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

    四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち

    記事を読む

  • 立命大が2/17~18京都で子ども向け「漢字あそび大会」を開催

    立命大が2/17~18京都で子ども向け「漢字あそび大会」を…

    記事を読む

記事カテゴリ
  • 公益財団法人 日本漢字能力検定協会
  • 漢字を調べるなら漢字ぺディア
  • メールマガジンのご登録

ページトップへ

Copyright(c) 公益財団法人 日本漢字能力検定協会 All Rights Reserved.