まぎらわしい漢字
姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ70 「睦」と「陸」人名ミスに理由あり

2021.06.02

著者：小林肇（日本経済新聞社用語幹事）

　人名でよく取り違える漢字の組み合わせ「睦」と「陸」。字形が似ているからなのですが、ほかにも理由があります。部署内の勉強会で取り上げた事例から紹介しましょう。

　名前の「陸」を「睦」と間違えられる著名人といえば、プロ野球で監督・球団社長などを務めた根本陸夫（ねもと・りくお、1926～1999）が挙げられます。新聞などで何度か「睦夫」と誤った記事を見たことがありますし、かつて日本経済新聞でも訂正記事を出したことがあります。なぜこんなミスが起きるのか。

　陸（リク）、睦（ボク）とも常用漢字ですが、睦は2010年に常用漢字表に追加されたばかりの字です。とはいえ1951年から人名用漢字であり命名に使えたわけですので、以前からなじみのあった字ではあります。一般用語として陸の使用頻度が高くても、名前では主に「むつ」と読ませる睦が多く使われているようなので、つい思い込みで陸を睦に間違うのだと考えられます。

　そして誤るもう一つの理由が読み方。陸と書いて「むつ」と読む名前の人がいるのです。例えば昭和初期の小説家、本庄陸男（1905～1939）は「ほんじょう・むつお」と読みます。「むつ」という読み方につられて陸を睦に間違うことも実際に新聞でありました。この「むつ」という読み方は決して誤りではなく『角川新字源』の「陸」の項に４番目の意味として「むつむ。むつまじくする」とありますし、パソコンで「むつお」と打てば変換候補に「陸夫」「陸男」なども出てきます。旧国名にあるのは陸奥（むつ）で、元外相の陸奥宗光（むつ・むねみつ、1844～1897）も「陸」ですね。

　約30万件の人事情報が調べられる日本経済新聞社のデータベース「日経 WHO'S WHO」によると、「陸野（むつの）」という姓、「陸雄（むつお）」「陸奥夫（むつお）」「陸毅（むつたけ）」という名前の人が企業役員にいました。注意深く字を確認しないと間違えてしまいそうです。

　新聞にとって特に固有名詞のミスは致命的です。間違えた人に対し失礼であるとともに、間違った情報を読者に届けてしまうことになるからです。誤字が紙面に載ることで、記事データベースで人名検索が正しくできなくなる「二次被害」まで起きかねません。校閲記者は念入りなチェックが常に求められます。

＝敬称略

≪参考資料≫

『角川新字源改訂新版』ＫＡＤＯＫＡＷＡ、2017年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『常用漢字表（平成22年11月30日内閣告示）』文化庁文化部国語課、2012年
『マスコミ用語担当者がつくった使える！用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「睦」を調べよう
 漢字ペディアで「陸」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇（こばやし・はじめ）
日本経済新聞社用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局記事審査部次長、人材教育事業局研修･解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった使える！用字用語辞典』（共著、三省堂）、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』（共著、日経プレミアシリーズ）、『文章と文体』（共著、朝倉書店）、『日本語大事典』（項目執筆、朝倉書店）、『大辞林第四版』（編集協力、三省堂）、『加山雄三全仕事』（共著、ぴあ）、『函館オーシャンを追って』（長門出版社）がある。2019年９月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む新四字熟語辞典』を連載。