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新聞漢字あれこれ142 「追及・追求・追究」の使い分け

2024.04.17

新聞漢字あれこれ142 「追及・追求・追究」の使い分け

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
 日本経済新聞朝刊文化面掲載の「私の履歴書」。2024年3月は東急会長の野本弘文氏が執筆していました。連載の21回目を「そのとおりだよなあ」と思いながら読みました。

 記事では列車の衝突事故の話を取り上げ、次のくだりがありました。

 責任は「果たすもの」であって「取るもの」ではないという考え方。もちろん結果によって相応の責任を取らねばならないが、再発防止に向けて組織としては、責任を追する以上に原因を徹底的に追する姿勢を大切にしたい。

 校閲記者としては記事中の「追」「追」の使い分けにまず目が行きます。新聞記事では通常この2つのほか「追」も出てくるので、同音異義の変換ミスによく出合うからです。『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』によれば、追は「追い詰める」、追は「探って明らかにしようとする」意味になり、連載記事での使い分けは適切でした。


 ちなみに日本経済新聞の記事データベースで検索すると、「ついきゅう」の使用例は「追い求める」意味の「追」が常に多く、「追」「追」の順で続きます。変換ミスとしては「追」を「追」に、その逆の「追」を「追」に誤る事例が多いでしょうか。少数派の「追」が正しく使われていると、ほっとすることがあります。

 
 記事を読んで「そのとおりだ」と思ったのは「ついきゅう」の使い分けだけではありません。その内容です。私たちも新聞にミスが残れば、責任を取ることになりますし、同じ間違いを繰り返さないための原因追を行い、情報共有もします。

 異なる記者が同じ内容のミスをした場合、個人としては1度のミスだとしても、読者に対しては日本経済新聞が何度も同じ間違いをしているということになってしまいます。組織としてミスの情報を共有し、繰り返さないようにすることは、読者からの信頼を失わないためにも絶対にやらなければならないことなのです。

 今春も新人記者が入社してきました。例年どおり「ミス防止研修」を行います。陥りやすいミスのポイントを説明するのは当然ですが、何よりも責任は「取るもの」ではなく、「果たすもの」という考え方を伝えたいと思っています。

次回、新聞漢字あれこれ第143回は5月8日(水)に公開予定です。

《参考資料》

『新しい国語表記ハンドブック第九版』三省堂、2021年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年

《参考リンク》

「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「追及」を調べよう
漢字ペディアで「追求」を調べよう
漢字ペディアで「追究」を調べよう

《おすすめ記事》

新聞漢字あれこれ111 「入」か「人」か、そこが問題 はこちら
新聞漢字あれこれ122 「編」と「篇」の、どこが変? はこちら

<著者紹介>

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

 記事では列車の衝突事故の話を取り上げ、次のくだりがありました。

 責任は「果たすもの」であって「取るもの」ではないという考え方。もちろん結果によって相応の責任を取らねばならないが、再発防止に向けて組織としては、責任を追する以上に原因を徹底的に追する姿勢を大切にしたい。

 校閲記者としては記事中の「追」「追」の使い分けにまず目が行きます。新聞記事では通常この2つのほか「追」も出てくるので、同音異義の変換ミスによく出合うからです。『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』によれば、追は「追い詰める」、追は「探って明らかにしようとする」意味になり、連載記事での使い分けは適切でした。

ちなみに日本経済新聞の記事データベースで検索すると、「ついきゅう」の使用例は「追い求める」意味の「追」が常に多く、「追」「追」の順で続きます。変換ミスとしては「追」を「追」に、その逆の「追」を「追」に誤る事例が多いでしょうか。少数派の「追」が正しく使われていると、ほっとすることがあります。

 記事を読んで「そのとおりだ」と思ったのは「ついきゅう」の使い分けだけではありません。その内容です。私たちも新聞にミスが残れば、責任を取ることになりますし、同じ間違いを繰り返さないための原因追を行い、情報共有もします。

異なる記者が同じ内容のミスをした場合、個人としては1度のミスだとしても、読者に対しては日本経済新聞が何度も同じ間違いをしているということになってしまいます。組織としてミスの情報を共有し、繰り返さないようにすることは、読者からの信頼を失わないためにも絶対にやらなければならないことなのです。

 今春も新人記者が入社してきました。例年どおり「ミス防止研修」を行います。陥りやすいミスのポイントを説明するのは当然ですが、何よりも責任は「取るもの」ではなく、「果たすもの」という考え方を伝えたいと思っています。

次回、新聞漢字あれこれ第143回は5月8日(水)に公開予定です。

《参考資料》
『新しい国語表記ハンドブック第九版』三省堂、2021年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年

《参考リンク》
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<著者紹介>
小林肇
(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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