姓名・名づけ難読漢字

新聞漢字あれこれ121 「山と言えば川」ですね

新聞漢字あれこれ121 「山と言えば川」ですね

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 日本経済新聞では年度末になると、企業の4月の人事発令にあわせて大量の人事記事が掲載されます。今年も初めて見る字がありました。

 ある企業の人事で、「」という字を見ました。私が「超1級漢字」と呼ぶ珍しい字で、JIS第4水準に配当されるものです。「本」という姓の方で、『増補改訂JIS漢字字典』の人名音訓と用例には「ホキ 本(ホキモト・姓)」とありました。「山」と「川」を合わせてホキと読むのですね。

 ホキとは何のことなのか。小型の国語辞典には見当たりませんでしたが、『大辞林』『広辞苑』といった中型辞典や、大型の『日本国語大辞典』には載っています。「山腹の険しい所。がけ」(日本国語大辞典)のことで、漢字表記は「崖」。ホキに「」の字が当てられているのは、「山の下が川」ということで、「山の急斜面で、川にせまっているところ」(国字の字典)を表しているのでしょう。笹原宏之早稲田大学教授の『国字の位相と展開』にある「鳥取県に特有の『』は、断崖を意味する方言『ほき』を表す地域的な造字」という説明に、思わず納得しました。

 記事データベースを見て、日本経済新聞では人事記事に登場した本さん以外の「」の用例は見当たりませんでしたが、他紙にはいくつか見られました。日本海新聞(鳥取県)では鳥取市に農業集落廃水処理施設「元(ほきもと)ポンプ場」があることを確認。朝日新聞(鳥取県版)には全国高校野球選手権鳥取大会に出場した「本」選手の記事がありました。また、鳥取県に隣接する岡山県にも「」は見られ、美作市には「小(こぼき)」という地名があるほか、津山市にはJR因美線の美作河井駅と知和駅間に架かる鉄橋「松(まつぼうき)橋梁」があります。

 こうして見ると、「」は鳥取・岡山に見える地域文字(方言漢字)と言えるのでしょう。くだんの人事記事に登場した本さん。数年前に、支店長を務めていた地域の地元紙に紹介記事が載っていましたが、略歴を見ると出身は東京都となっていました。人の移動は絶えずあります。ルーツをたどれば、鳥取か岡山に縁のある方なのかもしれませんね。

≪参考資料≫

笹原宏之『国字の位相と展開』三省堂、2007年
『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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