新聞漢字あれこれ90 魚偏の「超1級漢字」から
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
1月24日に漢字カフェで公開された「クイズ番組で話題の難読漢字にチャレンジ!その4~漢検1級でも出ない激ムズ漢字とは?~」の記事で、「」の字が紹介されていました。
「(ほっけ)」はJIS第4水準の字であり、日本漢字能力検定の出題範囲外ということで、私が「超1級漢字※」と呼んでいるもののひとつです。普段はあまり目にしない字ではありますが、北海道の人には意外となじみがあるかもしれませんね。毎冬、私はホッケの飯鮨(いずし)を食べますが、北海道の食品メーカーのものに「」を見ます。
こうした「魚」を部首に持つ字はたくさんありますが、漢検の出題範囲外の字の場合、新聞にどのくらい登場しているのか気になり調べてみました。日本経済新聞社の4媒体(日本経済新聞・日経産業新聞・日経MJ・日経ヴェリタス)を対象に、2017~21年の5年間で私が採集したJIS第1水準と第2水準以外の字は延べ2万1972字。そのうち魚偏の字はわずか11字で全体の0.05%にすぎません。さらに字種としては4字しかなく、かなり希少です。
なぜ登場字種が少ないのか。新聞では動植物は原則カタカナで表記することになっているので、そんなことが影響しているのでしょう。紙面では「ホッケ」は登場しますが、「」はまずありません。4字種の使用例は固有名詞のみで、すべて姓でした。ではどんな字があったのか見ていきましょう。
魵 「えび」と読みます。新聞の褒章記事から「魵沢(えびさわ)」という姓を採集しました。ほかに新潟県西蒲原郡弥彦村には「魵穴(えびあな)」という地名があります。
鮄 企業の経営者で「鮄川(いながわ)」という姓の人がいました。中国・四国地方に見られる姓のようです。この字は海水魚の「魴鮄(ほうぼう)」にも使われるほか、漢和辞典には「さば(鯖)」の訓読みも出ていました。
鯇 「あめ」と読み、「鯇魚(あめのうお)」は淡水魚で、琵琶鱒(びわます)の別名。新聞の人事記事では「鯇目(よのめ)」姓の人が掲載されていました。
鰀 この字は上記の「鯇」と同字で「あめ」と読みます。褒章の記事で「鰀目(よのめ)」姓を採集しました。鰀目には「うのめ」「えのめ」「なつめ」「ゆのめ」「よなめ」「よのめ」と読む姓があるほか、「鰀貴(よのき、えのき)」という姓もあるそうです。地名としては石川県七尾市に「能登島鰀目町(のとじまえのめまち)」があります。能登島の東には鰀目漁港があり、鰀目姓や名前に鰀目を持つ企業もあるといいます。
部首と旁(つくり)の組み合わせとしてはそれほど難しい字ではありませんが、やはり見慣れないものであるため、訓読みをするのは難しいですね。読者の皆さんはいくつ読めましたか。今回この4字について調べ、あらためて「超1級漢字」の奥の深さを感じました。
※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。
≪参考資料≫
小林肇「叙勲記事に見える漢字の地域性 ―新聞外字調査から―」第115回漢字漢語研究会資料、2018年
笹原宏之『漢字に託した「日本の心」』NHK出版、2014年
笹原宏之『方言漢字』KADOKAWA、2020年
丹羽基二『人名・地名の漢字学』大修館書店、1994年
『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『大漢語林 初版』大修館書店、1992年
『地名苗字読み解き事典』柏書房、2002年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで魚偏の漢字を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
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〈記事内写真〉石田水産株式会社