難読漢字

新聞漢字あれこれ69 「枻」 新聞から消える危機に

新聞漢字あれこれ69 「枻」 新聞から消える危機に

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「枻」はJIS第3水準の「超1級漢字※」で、新聞で見る機会はあまり多くありません。日本経済新聞の媒体でも年に1~2回登場するくらいなのですが、この3月は突如4回も出てきました。

 これには理由があります。趣味やライフスタイルに関する雑誌や書籍で知られる枻出版社(東京・世田谷)が2月に民事再生法の適用を申請したというニュースがあったのです。3月10日付の日経産業新聞には、帝国データバンク東京支社情報部の渡辺雄大氏が執筆した「企業信用調査マンの目 趣味の著名出版社破綻 出版不況に多角化も裏目」という記事が掲載され、「枻」が4回も登場しました。近年の出版不況もそうですが、新型コロナウイルス感染拡大を受け、売り上げや広告収入が減少したことが影響したものと思われます。

枻出版社のシンボルマークと社名

 この「枻」を新聞で最初に見たのは2006年4月27日。初めは何と読むか分からなかった社名も、後に「エイ出版社」だと知りました。読者にも配慮したのでしょう、購入したムックには社名に「えい」の仮名が振られています。ちなみに同社のシンボルマークは木と地球の絵を並べた「枻」を図案化したもの。何度かこの字を採集するうちに顔見知りの知人に会うような気がしていたのですが、まさかこんなことになるとは……。

 『現代漢語例解辞典』によれば、「枻」には①かい。舟を漕ぐ道具。②たな。和船の船側板の総称――の2つの意味がありますが、新聞ではこうした使用は見られず、なじみがありません。私が採集した事例はすべて固有名詞で、その多くは枻出版社で占められていて、ほかには短歌や俳句関係の固有名詞で数度見た程度です。いくつかの辞典によれば「枻川(かいかわ・かじかわ)」という名字があるそうですが、希少姓のようなので、今回の民事再生法の適用申請により今後「枻」の字を新聞で見る機会は極端に少なくなりそうです。

 〝新聞漢字ハンター〟にとって、日々の紙面から新しい漢字や珍しい字を見つけることは楽しみであります。また、おなじみの字に会うことも何だか旧友に会うような気がしてきて、うれしいことでもあります。今回の件で「枻」の字を見る機会が減ることは残念でなりません。コロナ禍で経営難に陥った老舗などが閉店・閉鎖していくという報道が続きますが、同じような影響が漢字の世界にも及んできています。

※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。

≪参考資料≫

渡辺雄大「企業信用調査マンの目 趣味の著名出版社破綻 出版不況に多角化も裏目」日経産業新聞2021年3月10日付
『現代漢語例解辞典』小学館、1992年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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筆者撮影

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