気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ39 「鉄」は企業名に嫌われる?

新聞漢字あれこれ39 「鉄」は企業名に嫌われる?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 2月7日に発表された日本製鉄の2020年3月期決算の予想が、過去最大の4400億円もの赤字だと聞いて、思わず「うーん」とうなってしまいました。新日鉄住金から日本製鉄へ社名変更した初年度での赤字決算でした。

 日本製鉄の社名変更は、新日鉄住金から日本製鉄になっただけではありません。社名の「鐵」が「鉄」に変わっているのです。新聞では固有名詞でも旧字は使わず、常用漢字を使うのが原則のため、一見変わったようには感じられませんが、登記上の社名は「新日鐵住金」で旧字の「鐵」を使っていました。それが変更にあたり「鐵」を使わず、登記上も新聞表記上も常用漢字「鉄」を使った「日本製鉄」となったのです。

新日鐵住金株式会社とNIPPON STEELのロゴ

 鉄の字は「金を失う」という解釈の仕方があるため、企業名としては「金の王なる哉(かな)」と分解して読める「鐵」のほうが縁起を担ぐ意味で好まれるといわれます。実際、日本製鉄の前身に当たる企業の名前は「新日本製鐵」「富士製鐵」「八幡製鐵」など戦前から「鐵」が使われてきました。それが、「日本製鉄」になった初年度にいきなり赤字決算となり、漢字自体に責任がないとはいえ、この偶然には少し驚かされたのでした。

JR函館駅で撮影した北海道旅客鉄道株式会社の看板

 鉄の字で験を担ぐといえば、鉄道会社がよく挙げられ、特にJR各社の話は広く知られていることと思います。「国が金を失う」と揶揄(やゆ)されるなど赤字に苦しんだ国鉄がJRに移行する際に、四国を除いた新会社のロゴマークで「鉄」を、つくりの部分を「失」ではなく「矢」にした「」で表したという話をご存じの方も多いことでしょう。「金を矢で射止める」という意味が隠されているとのことで、1987年2月21日付の日本経済新聞朝刊は「赤字国鉄からの脱却に悲そうなまでの思いを込めている」と伝えています。

JR北海道五稜郭車両所で撮影した北海道旅客鉄道株式会社の表札

 この分割民営化から33年がたちますが、JR各社で黒字もあれば赤字の社もあるのは周知の事実。文字どおりの「国鉄改革」とはいかなかったようです。その「」の字も一部には残るものの、最近は見る機会がだいぶ減ったように感じられます。「○○旅客道」よりも「JR○○」になじみのある人のほうが相当数にのぼるのではないでしょうか。

JR東日本東京支社ビルで撮影したJRのロゴ

 昨年、弊社の新入社員研修時に、新聞表記のルールを説明するなかで「旧国鉄が赤字に苦しんで『』にしたけれど、新聞では『鉄』を使います」と話したところ、「生まれる前からJRでした」とあまりピンとこない新人も出てきました。これにも「うーん」とうなってしまいましたが、年代によっては、もはや歴史上の話なのですね。今年の研修では少し説明を変えてみることにします。

≪参考資料≫

阿辻哲次『漢字を楽しむ』講談社現代新書、2008年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
小池和夫『異体字の世界 旧字・俗字・略字の漢字百科』河出文庫、2007年
小林肇「新聞の外字から見えるもの」明治書院『日本語学』2016年6月号
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
笹原宏之『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』三省堂、2011年
白川静『常用字解』平凡社、2003年
萩原匡祐「社名へのこだわり」知新会資料、2018年
『東日本旅客鉄道株式会社 二十年史』東日本旅客鉄道株式会社、2007年
『炎とともに 新日本製鐵株式會社十年史』新日本製鐵株式會社、1981年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事中画像≫

写真1:社名に「鐵」を使う(新日鉄住金本社、2012年)撮影:筆者
写真2:アルファベットのロゴに(日本製鉄本社、2020年)撮影:筆者
写真3:JR函館駅で(2020年)撮影:筆者
写真4:JR北海道五稜郭車両所(2020年)撮影:角谷邦彦
写真5:JR東日本東京支社ビル(2020年)撮影:筆者

≪記事画像≫

adigosts/ PIXTA(ピクスタ)

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