姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ5 大相撲の力士と験担ぎ

新聞漢字あれこれ5 大相撲の力士と験担ぎ

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 大相撲の九州場所(11月11日初日、福岡国際センター)の番付が10月29日に日本相撲協会から発表されました。皆さんが注目しているのはどの力士でしょうか。今場所も話題に事欠きませんが、ここでは力士の「しこ名」に使われる漢字を見ていきましょう。

 私が気にかかる力士は幕下の北磻磨聖也(きたはりま・せいや、32歳、山響部屋)。「磻」の字が環境依存文字の「超1級漢字」で、普段なかなか目にする機会がないからです。北磻磨が2017年の秋場所で負け越して十両から幕下に陥落して以来、日本経済新聞のスポーツ面で「磻」の字が見られなくなりました。相撲の成績しだいで漢字の出現回数も大きく変わりますので、北磻磨には頑張ってもらいたいところです。

 兵庫県たつの市出身の北磻磨は2002年に本名の「嶋田」で初土俵を踏みました。2008年3月に後援者の命名により「北磻磨」に改名。師匠だった北の湖親方(当時)の現役名と、出身地の旧国名「播磨」が由来で、字画を考えて「北磻磨」としたそうです。なぜ「播」を「磻」に入れ替えたのか。想像ですが、相撲は土俵に手がついてしまえば負けですので、「扌(てへん)」を避けたのかもしれません。

 さて、しこ名の験担ぎといえば、かつてこんなことがありました。1992年5月、大関昇進を決めた曙太郎(あけぼの・たろう)がしこ名を「曙」から、つくりの「署」にある「日」の上に「、」を付けた字に改めました。「天下を取る」意味を込めたといいます。そこで多くの新聞が点付きの字に表記変更しましたが、日本経済新聞は点の無い「曙」のままにしました。それは人名用漢字表(常用漢字表以外で名付けに使える漢字の表)の字形に従い、一般に標準とされる字を使用するという原則を貫いたからです。

 その後、横綱になった曙は1996年に日本国籍を取得しましたが、戸籍に載せる本名はしこ名とは異なり人名用漢字のとおりにしなければならず、点無しの「曙太郎」となりました。当時の新聞では、点の有る字と無い字をしこ名と本名で使い分けていた社もありましたが、当の本人は点の有無についてどう思っていたのでしょう。

 新聞は常用漢字と同様に人名用漢字も意識して紙面づくりをしています。名前はもちろん個人のものですが、文字は多くの人が使用する社会的な存在です。いろいろな世代の多くの方に読んでいただく新聞には、標準とされる字を使うという原則が欠かせません。

(スポーツ記事に準じ敬称は略しました)

≪参考資料≫

金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
「花の新十両データバンク②北磻磨聖也」『相撲』2012年1月号、ベースボール・マガジン社

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

denkei / PIXTA(ピクスタ)

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