新聞漢字あれこれ169 「好意」と「厚意」、その違い

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
同音異義語の「好意」と「厚意」。意味の近いこの2語は、使い分けが難しいところがあります。新聞ではかつて「厚意」は使わず、「好意」を統一表記にしていた時期がありました。
日本新聞協会が発行する『新聞用語集』(新聞用語懇談会編)では1981年版まで「厚意」は使わず「好意」に統一すると示していました。それが次の1996年版で「好意」「厚意」の使い分けを示すようになり、現在に至っています。最新の2022年版では「好意」と「厚意」の使い分けについて次のように記述しています。
こうい
=好意〔親切な気持ち、慕わしい気持ち〕好意的な扱い、好意を寄せる
=厚意〔思いやりの気持ち、厚情。他人の行為に対して使う〕ご厚意に感謝する
これは1996年版から基本的に変わっていませんが、この区別は実に悩ましいところがあります。好意の「親切な気持ち」と厚意の「思いやりの気持ち」の説明は、それぞれ適切ではあるものの、意味が近く「新聞やNHKでも使い分けの難しい語とされてきたいわく付きの語」(さらに悩ましい国語辞典)であると言われます。「好意」に統一していたというのも、無理からぬことなのかもしれません。
では、なぜ使い分けをするようになったのかといえば、やはり「好意」に統一するのは、文脈によっては少なからず無理があるということなのでしょう。ポイントは厚意の「他人の行為に対して使う」というところにあります。
新聞記事で「夫を送り出した後、子どもをおぶって近くの空き地へ。持ち主の好意により、無料で家庭菜園として借りている」という事例がありました。これは「親切な気持ち=好意」ともとれますが、読み方によっては空き地の持ち主が借り手側に恋愛感情を持っているとの意味にとれてしまうこともありそうです。ここは土地を貸すという持ち主(他人)の行為に対してのものなので、「厚意」とするのがより適切だったと思います。
この記事は1999年1月のもので、まだ書き手(記者)側に「好意で統一する」意識が強かったのかもしれませんし、「親切な気持ち」からととれば、「好意」と表記しても問題はありません。ただし、新聞校閲の現場では、どちらの表記が適切か瞬時に判断しなければならない場面も出てきます。私の大先輩にあたる当時の用語担当者はこの事例を「厚意」のほうが適切であると判断しました。
ここでの「コウイ」は親切な気持ちの意味にとどまらず、「感謝・感激」をもらって応えるべき筋合いの「コウイ」。使い分けのキーワードは「感謝」であり、それが背後にあれば「厚意」であると説明してくれました。なるほど「感謝」は「他人の行為に対して」することに違いありません。
新聞記事データベースで、日本経済新聞の朝夕刊に「コウイ」が出てくる記事を検索してみると、使用例は「厚意」に比べ「好意」のほうが圧倒的多数となっています。自分の他人に対する気持ちにも、他人の自分に対する気持ちにも使える「好意」と、他人の気持ちにしか使わない「厚意」。使い分けはあっても、「厚意」の使用は限定的だといえそうです。
次回、新聞漢字あれこれ第170回は6月11日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
『言葉に関する問答集 総集編』全国官報販売協同組合、1995年
『さらに悩ましい国語辞典―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―』時事通信社、2017年
『日本語 語感の辞典』岩波書店、2010年
『間違えやすい 漢字使い分けハンドブック』PHP研究所、1997年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。