新聞漢字あれこれ179 「風光明美」は生きている?
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
2024年のこと。ある地方新聞を読んでいると、記事中に「風光明美」が出てきました。「風光明媚」に代わり、かつて新聞・放送で標準表記として広く使われていたものですが、久しぶりに目にして、「まだ使っている社があるのか」と少し驚きました。
景色が美しいことを言う「風光明媚」は、表外字「媚」を含む語であるため、その代用表記として「風光明美」と書き表しました。1956年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」には例示されていない、日本新聞協会新聞用語懇談会が独自に決めた書き換えです。「媚」と同じ音で美しさを表す「美」に置き換えたものの、違和感が強いためか評判のよくないものでした。
新聞の標準表記として長く使われていたとはいえ、読者からは「誤字ではないのか」といった問い合わせも少なくなく、一般に浸透した語とは言えない状況ではありました。円満字二郎さんの『四字熟語ときあかし辞典』にある「『媚』がややむずかしい漢字なので、代わりに『美』を用いて『風光明美』とすることもあるが、一般的にはほとんど定着していない」という記述が、それを物語っています。さらに『漢検四字熟語辞典』では「『明美』などと書き誤りやすい」と誤字として注意喚起までしています。
新聞用語懇談会は2002年5月の春季合同総会で、定着していない代用漢字の運用を一部見直すことを決定。「ふうこうめいび」については、『新聞用語集』に「風光明美」とルビ付きの「風光明媚(めいび)」を併記することになり、どちらを使うかは各社の判断に委ねることになりました。それから二十数年がたち、現在の全国紙5社と2通信社の用字用語集を見ると、新聞協会と同じ併記をしているものはなく、「風光明媚(めいび)」だけを標準表記としています。また、放送ではNHKが2022年6月から字幕などで「風光明媚(めいび)」も使えるようにしました。くだんの地方紙も2025年の紙面では「風光明媚(めいび)」としていましたので、新聞・放送での「風光明美」の淘汰は確実に進んでいると言えそうです。

ちなみに、現代日本語の姿を忠実に反映するといわれる『三省堂国語辞典』の表記を遡って調べると、初版(1960年)から第四版(1992年)までが「風光明美」、第五版(2001年)で併記となり、第六版(2008年)以降が「風光明媚」となっています。新聞表記の変化とほぼ同じ動きをとっていました。
次回、新聞漢字あれこれ第180回は11月19日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
「語形・文法関連事項・各種表記について」『放送研究と調査2022年9月号』2022年
『三省堂国語辞典』の各版
『漢検四字熟語辞典』日本漢字能力検定協会、1997年
『大修館 四字熟語辞典』大修館書店、2004年
『日本語百科大事典 縮刷版』大修館書店、1995年
『四字熟語ときあかし辞典』研究社、2018年
『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
『最新 用字用語ブック[第8版]』時事通信出版局、2023年
『NIKKEI用語の手引 2023年版』日本経済新聞社、2023年
『2025年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2025年
『読売新聞 用字用語の手引 第7版』中央公論新社、2024年
『NHK 漢字表記辞典 第14刷』NHK出版、2023年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
金武伸弥『「広辞苑」は信頼できるか――国語辞典一〇〇項目チェックランキング』講談社、2000年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
塩原経央『「国語」の時代―その再生への道筋』ぎょうせい、2004年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。