まぎらわしい漢字気になる日本語

新聞漢字あれこれ175 続「タカネの花」をどう書きますか?

新聞漢字あれこれ175 続「タカネの花」をどう書きますか?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)



 日本経済新聞では「タカネの花」のタカネについて「高根」を標準表記としてきましたが、2025年9月1日から読み仮名付きの「高嶺(たかね)」も使用することにしました。
 
 「タカネの花」は連載の第12回で取り上げたとおり、新聞では長く「高根の花」と書いてきました。「高根」は新聞に限らず古くから使われている表記ではあるものの、一般に目にすることが多いのは「高嶺」のほうであるため、誤字だと思われることがよくありました。

 日本新聞協会の新聞用語懇談会でも、何度か「タカネの花」の表記について議論になったことがありました。全国紙では朝日新聞が2010年から、読売新聞は2024年からと、すでに「たかの花」表記に変更・実施しているところがあります。こうした流れもあって、日経も「高嶺」へとかじを切ることになりました。

 ただし、朝日、読売の両社は「高嶺」へと変更したわけですが、日経では「高嶺」の表記を追加し、従来の「高根」と「高嶺」の両表記を認める形にしました。「高根」も国語辞典に載っている正しい表記であるからです。いずれ「高嶺」に統一することになるとは思いますが、しばらくは併用を認めることにしました。

 とはいえ、「高嶺」に事実上統一されるのではないかとも予想しています。第8回で取り上げた「からあげ」表記は、2016年12月から「空揚げ」「唐揚げ」の両表記を認めるようにしましたが、現在は「唐揚げ」でほぼ統一されている状況です。2020~2024年の5年間で日経紙面に登場した「唐揚げ」の記事件数は306件。これに対し「空揚げ」はわずか1件で、それも記者が書いたものではなく、外部筆者による寄稿でした。正しいとされる表記よりも、見慣れたもののほうに落ち着くといったところでしょうか。

 「正しさ」と「分かりやすさ」の間で揺れる新聞表記。第167回で紹介した三浦直人・明治大学文学部助教の「時代考証」にやはり通じるところがあります。未来の校閲記者たちに託したつもりだった「タカネの花」問題は、自分の代で解決することとなりました。



次回、新聞漢字あれこれ第176回は9月17日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『朝日新聞の用語の手引[改訂新版]』朝日新聞出版、2019年
『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』三省堂、2025年
『読売新聞 用字用語の手引 第7版』中央公論新社、2024年
関根健一「表記の整理・統合を」『日本語学』2008年1月号、明治書院
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
毎日新聞校閲部編『読めば読むほど 日本語、こっそり誇れる強くなる』東京書籍、2003年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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