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新聞漢字あれこれ167 校閲と時代考証の共通点

新聞漢字あれこれ167 校閲と時代考証の共通点

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 

 校閲職場では年に数回、ことばの専門家を講師に招き勉強会を行っています。3月中旬、明治大学文学部助教でNHK連続テレビ小説『虎に翼』の制作に関わった三浦直人さんに「新聞・校閲・時代考証」というテーマで講演してもらいました。

 三浦さんの専門分野は日本近現代史(文化史)。なぜ歴史の専門家を「ことばの勉強会」の講師に迎えたかというと、『虎に翼』のスタッフロール(画面に流れる制作関係者の名前一覧)に「旧字考証 三浦直人」とあったからです(第15週まで。第16週からは「風俗考証」)。時代考証の中でも「旧字考証」とはいったいどんなものなのか、そんな疑問をきっかけとした講師依頼でした。ここでは勉強会のすべての内容は書ききれませんが、新聞校閲と時代考証で共通すると思われる点について紹介します。

 三浦さんは時代考証の成果が作品に反映される際には、「精確さ」「らしさ」「分かりやすさ」の3つのバランスが関わるとしています。例えば、『虎に翼』で昭和戦前・戦中期に山田よね(土居志央梨さん)が住み込みで働いていたカフェ「燈台」の表記。当時ならば旧字体の「燈臺」とするのが妥当と考えられても、視聴者には分かりにくい表記になってしまいます。ならば常用漢字の「灯台」とすれば分かりやすくなりますが、その時代らしさが伝わってきません。そんななかでの到達点(妥協点?)として、「燈台」という戦前にもないわけではない「らしさ」を表す書き方に落ち着いたといいます。

 これは、戸籍上の氏名が旧字体の人であっても、新字体(常用漢字)で書く原則をとる新聞の表記ルールに似ているところがあります。正確(精確)性が大事なのはもちろんのこと、同時に読み手に伝えるための分かりやすさを重視することも大事になってきます。こうした運用には賛否両論あり、常にどうあるべきか考えていかなければなりませんが、時代とともにバランスをとりながら「分かりやすさ」を追求することは必要でしょう。



三浦直人氏の資料を基に作成

 数年前のこと。文化関係の紙面を担当している校閲記者から助言を求められました。出稿する部署の編集者が「平」の字の点の部分を「ハ」の形にした字(平の旧活字)を作字(※)するよう依頼してきたとのことでした。聞けば、記事中に古い書籍の文章を引用するため、「雰囲気を出したい」というのが依頼の趣旨。これは新字・旧字の関係とはいえ、文字のデザイン差ともいえるものなので、私は「作字は不要」と回答しましたが、最終的には担当者が押し切られ、作字をすることになってしまいました。

 昔の雰囲気を出したいのならば、紙面に書籍の当該箇所を写真で載せるような編集にしたほうがよかったでしょう。古い書籍ならば、使われている他の漢字や平仮名も現在使われているような明朝体とはデザインが微妙に異なっているはずです。「平」の1字だけ形を変えても雰囲気など出るはずがありません。ましてや電子媒体に載せれば、表示できなかったり書体自体が変わったりしてしまいます。記事中は普通に「平」とするのが、読者にとっても分かりやすく、適切だったと今でも思います。

 このようなことに悩まされるのも、校閲と時代考証の共通点なのかもしれませんね。

※印刷用の活字や文字フォントを作ること。また、パソコンなどに登録されていない文字を作成すること。(大辞林第四版から)

次回、新聞漢字あれこれ第168回は5月14日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

三浦直人「朝ドラ『虎に翼』の風俗考証を担当して」『紫紺の詩 2024年総明会会報』総明会、2024年
三浦直人「新聞・校閲・時代考証」日本経済新聞社第39回ことばの勉強会資料、2025年
文化庁『漢字字体関係参考資料集 明朝体活字字形一覧(上)—1820年〜1946年—』大蔵省印刷局、1999年
『漢字小百科辞典』三省堂、1989年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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