新聞漢字あれこれ174 「ヶ」 片仮名ではないけれど…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
連載の第170回を準備しているとき、日本漢字能力検定協会の編集担当者とのやりとりで「杁ケ池公園ですが、写真での公園の表記は『ヶ』が小さく見えますが、本文の表記は現状で構いませんでしょうか」との問い合わせをもらいました。結果的に記事中は「ヶ」とはせずに「ケ」のままとしました。
この「カ」「ガ」と読む、地名などの固有名詞に見られる小さい「ヶ」。実は片仮名ではありません。数をかぞえるときに使う漢字「箇」あるいは「个」の略字形で、符号的に用いて「ヶ」と小さく表すものです。「介」から生まれた片仮名「ケ」とは生い立ちが異なる別の字になります。
ならば指摘のとおり「杁ケ池公園」ではなく「杁ヶ池公園」と書けばよいではないかと思われるかもしれませんが、このときは私が在籍する日本経済新聞社の表記基準にのっとって「杁ケ池公園」と「ケ」のままとしました。新聞各社でも表記ルールが異なっていて、全国紙では朝日・毎日・産経・日経が「ケ」で、読売が「ヶ」としています。それぞれの編集方針でどちらかに統一していると考えればよいでしょう。新聞活字は小さいので、見やすいように片仮名の「ケ」を使うという説を聞いたことがありますが、真偽は不明です。
また、「箇」を助数詞として使う場合、算用数字を使う横書きの公用文では平仮名の「か」としますが、新聞では片仮名の「カ」とする社もあります。「1ヶ月」と書くこともあって、「ヶ」は片仮名ではないものの一般には片仮名の意識があり、その発音どおり片仮名の「カ」と書く習慣が生まれました(『新聞と現代日本語』)。こちらも運用は各社の編集方針によるところがあります。参考として「か」「カ」と「ヶ」「ケ」の各社運用について表にまとめてみました。
8月、三省堂から『使える!用字用語辞典』の第2版が刊行されました。この辞典は複数社の用語担当者が編著者を務めていることもあり、地名などの固有名詞は小さい「ヶ」に、助数詞は片仮名の「カ」にする折衷型の表記となっています。「ヶ」「ケ」については初版から「箇」の項目を立ててコラムとして簡単な説明を入れてあります。
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7月11日、東京都八王子市にある三省堂印刷を訪ね、辞典の印刷現場を見学しました。工場で手渡された一折りの刷り出しは温かく、出来たてを実感。文字が初版よりやや濃くなり、改善されていました。項目数が1万4500から1万5000に増えたほか、表記の使い分け欄も見やすくなるようレイアウトを一部変更するなどしています。構想から第2版まで10年を超える企画となり、編著者の一人として感慨もひとしおです。みなさん、ぜひ手に取ってみてください。
次回、新聞漢字あれこれ第175回は9月3日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
円満字二郎『知るほどに深くなる漢字のツボ』青春出版社、2017年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
神永曉『さらに悩ましい国語辞典―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―』時事通信社、2017年
関根健一『なぜなに日本語』三省堂、2015年
『新しい国語表記ハンドブック 第九版』三省堂、2021年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『言葉に関する問答集 総集編 7刷』全国官報販売協同組合、2017年
『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』三省堂、2025年
『注釈 公用文用字用語辞典〔第10版〕』新日本法規出版、2023年
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。