気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ146 「々」 漢字ではないけれど…

新聞漢字あれこれ146 「々」 漢字ではないけれど…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 ある日の日本経済新聞夕刊コラムに対し、読者から質問が来ました。文中の「人々」という表記で「人」と「々」が2行に分かれ、「々」が次の行の一番上に来ていたことに対し、こういう場合は「人人」とするものではないかと。

 「々」については、よく漢字かどうかを問うものを見たり聞いたりすることがあります。これは同じ字が連続する際に下の字を省略するために用いる記号のひとつで、「同の字点」「ノマ点」などと言い、「々」は漢字1字を繰り返すときに用いるものです。今回の質問は、その使い方に関するものでした。

 読者の指摘のとおり、学校の作文教育では「人々」の「人」が行末、「々」が行頭となった場合に、「々」を「人」に書き換えることになっています。ただし、新聞では行頭でも「々」のままとしています。社内にこのルールを明文化したものは見当たらなかったのですが、新聞の編集作業のことを考えると、このやり方が望ましいと考えます。

 1行の文字数が十数字しかなく行数の多い紙の新聞では、行頭の「々」をひとつひとつ漢字に直してはいられません。一般書籍とは異なり、短時間で記事を執筆し編集する日刊紙では仕方がないことだといえます。1本の記事に何度も修正は入りますし、仮に紙面で漢字に直したとしても、電子媒体で同じ記事を使用する場合は、1行の文字数が変わってしまいますので、「人々」とすべきところが「人人」になってしまうこともあり、かえっておかしなことになってしまいます。『日本語 文章・文体・表現事典』(朝倉書店)の「踊り字」の項目には「文字数の都合で、『々』が行頭に来る場合には『々』を漢字に直すことが原則であるが、新聞紙面等では漢字に直さない方針が採られている」とありました。

 私は大学生のときに学内の新聞サークルに所属していて、先輩から「々」は直さないと教わっており、それを当たり前に思っていました。ところが新入社員のとき、校閲記者歴10年以上の人に「えーっ、こういうときの『々』は漢字に直すんだよね」と言われて驚いたことがあります。その人が「々」を漢字に直した直後、案の定さらに記事の書き換えがあり、行頭で直した漢字は行の中ほどに送り込まれてしまいました。その人がなぜそんなことをしたのか、いまだに不思議でなりません。周囲の社員に聞いたところ「々を直すようなことはしない」と言っていました。

 標準的な規則を考えれば、読者の疑問はもっともなことです。担当窓口には新聞のルールをきちんと先方に説明してもらいました。「々」は漢字ではなく記号ではありますが、漢字とともに使われ、採録している漢和辞典もあることから、今回「新聞漢字」として取り上げてみました。

次回、新聞漢字あれこれ第147回は7月3日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

日本エディタースクール『標準 校正必携 第8版』日本エディタースクール出版部、2011年
文化審議会国語分科会『新しい「公用文作成の要領」に向けて(報告)』2021年
文化庁『言葉に関する問答集 総集編 7刷』全国官報販売協同組合、2017年
文部省『国語シリーズ№56 国語表記の問題』教育図書、1963年
『漢字小百科辞典』三省堂、1989年
『句読点、記号・符号活用辞典。』小学館、2007年
『新文章辞典 5版』ぎょうせい、1987年
『増補改訂 JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『日本語あれこれ事典』明治書院、2004年
『日本語学研究事典』明治書院、2007年
『日本語の正しい表記と用語の辞典 第三版』講談社、2013年
『日本語 文章・文体・表現事典』朝倉書店、2011年
『みんなの日本語事典-言葉の疑問・不思議に答える―』明治書院、2009年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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