漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ147 「茶わん」 にもいろいろありまして

新聞漢字あれこれ147 「茶わん」 にもいろいろありまして

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 2024年4月11日、東京の百貨店の催事で展示・販売されていた純金製の茶わん(販売価格1040万6000円)が盗まれる事件が起きました。容疑者は2日後に逮捕され、その後茶わんも見つかりましたが、白昼に起こったこの犯行には驚かされました。

 一連の報道で日本経済新聞はこの純金製の盗品を「茶わん」と表記しました。これは「わん」に当たる漢字が常用漢字表にないため、交ぜ書きにする取り決めになっているからです。日経に限らず多くの新聞で行われている書き方ですが、なかには産経新聞のように交ぜ書きを避け、ルビをつけて「茶」と書いた社もありました。

 こうした食べ物などを盛る「わん」には複数の漢字があります。『漢検 漢字辞典 第二版』には「」と「」の2字が載っていますが、ほかに新聞では「」と「」の2字をたまに見ることがあります。この4字の使い分けについて『三省堂国語辞典 第八版』に簡潔な説明が載っていました。「」は木で作った入れ物で、「」は陶磁器、金属は「」で小鉢は「」とのことです。大まかな区別として分かりやすいですね。

 ちなみに盗難に遭った茶わんは「抹茶茶」です。純金は金属なのだから「抹茶茶」ではないのかとの声も聞こえてきそうですが、「金属製の茶」を1字で表すものが「」。そう考えれば「純金製の抹茶茶」では重言のようになってしまいますので、「純金製の抹茶茶」でよいでしょう。美術品などの固有名詞では正確な使い分けが求められますが、一般名詞としては「わん」と書けば字の区別は不要。とかく新聞の交ぜ書きは評判が良くありませんが、「茶わん」という書き方には利点があるといえるのかもしれません。

 漢和辞典などにはほかに「」がありました。『新潮日本語漢字辞典』には「」の別体と示されています。今のところ、私は新聞で「」を見たことがありません。「わん」の字もいろいろあるものですね。

次回、新聞漢字あれこれ第148回は7月17日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2022年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『新明解現代漢和辞典』三省堂、2012年
『増補改訂 JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『NIKKEI用語の手引 2023年版』日本経済新聞社、2023年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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