新聞漢字あれこれ151 野球用語と変換ミス
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
夏の甲子園大会が終わると、野球シーズンもそろそろ終盤。プロ野球のペナントレースの行方も気になるころです。今回は野球記事に見える同音異義語について取り上げます。
代表例といえば、「四球(フォアボール)」と「死球(デッドボール)」。四球は投手がストライクでないボールを4回投げること。死球は投手の投げたボールが体やユニホームなどに触れること。どちらも打者は一塁に進むことができます。「六回にシキュウを選び代走を送られた」ならば文脈から「四球」となるはずですが、「押し出しシキュウでサヨナラ勝ち」といった場合は「四球」「死球」のどちらの可能性もありますね。
次に「カンキュウ自在のピッチング」といえば「緩急」。緩急とは直球と変化球を織り交ぜたもので、投手が投球のスピードに差をつけて打者を翻弄します。これが「緩球」だったら、単なるスローボールになってしまいます。スローボールで打者を打ち取ることはありますが……。
そして「コウシュでピンチを救った」のならば「好守」でしょう。相手チームの好機にヒット性の打球をうまい守備で処理し、味方の苦境を救ったことになるわけです。また、「コウシュの要」といえば、打撃と守備の両方で活躍する選手を指すので「攻守」。校閲記者の仕事だったら、ミスを防ぐ「好守」のほうが求められます。
たまに見るのが「補殺」を「捕殺」と誤る事例です。「中堅からの好返球で勝ち越し点を阻み、ホサツを記録」とあれば「補殺」。補殺とは送球で走者をアウトにすること。中堅手がバックホームして走者をアウトにした場合は、中堅手に「補殺」、捕手に「刺殺」が記録されます。これを「捕殺」にしてしまったら、走者を捕まえて命を奪うという大変な事件になってしまいます。
かつて、こんなミスに遭遇しました。ダルビッシュ投手が二回でノックアウトされた試合。見出しが「ダル4失点14球KO」となっていたのですが、記事にはそんなくだりはありません。「2イニングで14球では少なすぎるし……」などと考えていたら分かりました。記事中の「6安打4失点、1四球で敗戦投手となった」との記述を見て、見出しをつける記者が「1四球」を「14球」と読み誤ったのでした。野球に詳しくない担当者が時間に追われて間違えたものです。もちろん校了前に直りましたが、校閲をしているとこんなあり得ないようなことに巻き込まれることがあるのです。
次回、新聞漢字あれこれ第152回は9月11日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
≪おすすめ記事≫
やっぱり漢字が好き11 時には野球の話を① 変化球の呼び方(上) はこちら
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。