新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
3月25日、日本テレビの水卜麻美(みうら・あさみ)アナウンサーと俳優の中村倫也さんが結婚を発表したとのニュースが流れ、思うところがありました。
水卜アナウンサーといえば、7年連続で「理想の上司」(明治安田生命保険調べ)の1位に選ばれるなど新聞にもよく登場しますが、校閲記者としては姓の漢字「卜」が片仮名の「ト」に間違えられるのではないかとよく思ったものです。今回の結婚報道に誤字はないかと他紙を含む記事データベースで検索したところ間違いはありませんでしたが、過去に遡ってみると片仮名の「ト」になっているものがいくつもありました。
漢字の「卜」は漢検準1級配当の字で使用頻度もそれほど高くはなく、あまりなじみがないと思われます。水卜アナの愛称が「ミトちゃん」ということもあって、片仮名の「ト」と書いて「うら」と読むと思い込んでいる人もいるのかもしれません。
片仮名と漢字でそっくりな字はほかにもあります。片仮名の「エ」と漢字の「工」は読み方が異なりますのでまず間違うことはありませんが、同じ読み方をする片仮名の「ニ」と漢字の「二」は校閲をしていてたまに誤字を見かけます。固有名詞で特に片仮名で表記する外国人名に多く、語頭または語尾にくる「ニ」が漢字の「二」に化けている事例があるのです。校閲記者でも見落とすことが結構あります。ほかに、片仮名の「ハ」と漢字の「八」の誤字を一度だけ目にしたことがありますが、これはまれなケースと言っていいでしょう。
こうした誤字は、読者が誤読することがない(実際は正しく誤読する?)と考えられ、同じミスでも罪が重くないと言う人がいますが、誤字は誤字です。記事データベースで検索できなくなるといったことも起こりえます。読者が必要な記事にたどり着けないようでは困ったものです。決して軽い罪ではありません。
ここまで書いて、昔の過ちを思い出しました。30年ほど前、朝刊1面の見出しで、日本とロシアを表す「日ロ」が、「日口」になっていたのです。明朝体ならまず見落とすことはないのですが、区別しにくいゴシック体だったためか、チェックをすり抜けてしまいました。締め切り時間が早い「早版」はそのまま紙面化。その後の版で正しく「日ロ」に直しました。その時に見出しを担当した整理記者が私に向かって、口(ロではありません)に人さし指を当てて「しーっ」と言い、誤字を無かったことにしてしまいました。後で直したとはいえ、こんなことをしてはいけませんね。
≪参考リンク≫
「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「卜」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。