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新聞漢字あれこれ71 ウネメさんは2人いた!

2021.06.16

新聞漢字あれこれ71 ウネメさんは2人いた!

 「」と「」。見た目は似ているものの全くの別字なのですが、同じ読み方をして混用されている事例があります。

 の読みは「サイ」で意味は「いろどり、飾り」など。は「ベン、ハン」と読み、「わける」という意味で両者は別字です。よく混同されるのでしょう。漢和辞典によっては、それぞれの項目に「別字」と示されています。この2字が固有名詞などで同じ訓読みがあり、気づかれぬまま間違えられることがあります。

 朝刊に載った歴史小説で、女官の意味の「女(うねめ)」が「女」と間違っていたことがありました。パソコンで「うねめ」と打つと、「女」と「女」の両方が変換候補に出てくるからです。似た字が候補に挙がることを知らないと、初めに出てきた語を選んでしまい、間違う可能性があるわけです。

 ならば「女」を変換候補から外せばいいと思うかもしれませんが、そう簡単にはいきません。「女」で「うねめ」と読む固有名詞があるからです。「女」という姓があり、地名もあります。三重県四日市市には「女町」「女が丘」が存在。鈴鹿市には「女が丘町」があり、市境をまたぎ「女が丘」と隣接しています。これらの地名は雄略天皇に仕えた女官の出身地が、この地域だったことに由来するといわれています。それがなぜ「女」ではなく「女」なのか。

 辞典類だけを見ても分からないため、地元の資料を探してみました。奈良時代の文献まで遡った詳細な調査に基づく清水弘子さんの「〈うねめ〉のこと」(『三重の古文化 第99号』所収)によると、「」のはずが、古くから似た「」と混用され、明治以降に活字表記する際、理由ははっきりしないが公文書で「」のほうが採用されたのだといいます。東京女子大学の山本真吾教授は「文字を扱う層に大きな変動があった明治時代などでは、崩し字のバリエーションが広くなることがあり、判読が難しくなったことも影響したのではないか」とその理由を推測します。現在、行政では「」が使われる一方、市内の標識・看板などでは「」と旧字、「」の3種の混用が続いていますが、今後、統一や変更されることはあるのでしょうか。

 似た例としては「園」と「園」があり、こちらはよく知られていますね。どちらもギオンと読み、地名にあります。京都などの「園」と川崎市などにある「園」。表記が複数あることが有名になる前は、旅行誌の京都特集で堂々と「園」が表紙を飾っているようなことがありました。また、十数年前に「園」について、パソコンの日本語入力ソフトのミスを見つけたと、ある新聞社の校閲部長が連載コラムで書いていたことがあり、「園という地名があるので変換辞書のミスではない」と一般読者として指摘したことがあります(当時は用語の仕事から離れていました)。後日、単行本として出版されたとき、「園」の回が収録されていなかったことに、ほっとしました。

 ちょうど「」と「」について調べ始めたころ、通勤用の靴を買いに行った販売店で、応対をしてくれた店員の方のネームプレートに「女」とありました。漢字の仕事をしていると断ったうえで、「女」と間違われないか聞いてみると「前に勤務した店舗の名札が間違っていた」とのこと。さらに「交換したら、また『女』で作られてきた」のだそうです。似た字で同じ読みの姓があるとは当人たち以外にはあまり知られていないようで、それだけ間違いやすいものだといえます。新聞も気をつけないといけません。

***

 参考に印鑑の字を見てみました。右は前出の女さんに押してもらった「女」で、左は文具店で「女」として販売されていたもの。右の字は鮮明ですが、左の書体は何となく「女」と「女」のどちらにも見えます。

《参考資料》
清水弘子「〈うねめ〉のこと」『三重の古文化 第99号』三重郷土会、2014年
『うつべ歴史覚書』うつべ町かど博物館、2017年
『角川日本地名大辞典24 三重県』角川書店、1983年
『漢字くずし方辞典 新装版』2019年、東京堂出版
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『似て非なる漢字の辞典』東京堂出版、2000年
『日本行政区画便覧④中部』日本加除出版
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年

《参考リンク》
漢字ペディアで「」を調べよう
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<著者紹介>
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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