まぎらわしい漢字気になる日本語

新聞漢字あれこれ168 「畩」鹿児島と宮崎の方言漢字

新聞漢字あれこれ168 「畩」鹿児島と宮崎の方言漢字

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 

 春の叙勲が4月に発表されました。褒章と危険業務従事者を含め、8173人が受章しています。受章者の名前に「畩」の字があるかと思って探してみたのですが、今年もありませんでした。

 叙勲の受章者名は、都道府県別に居住する市区町村名とともに新聞に掲載されます。そんな固有名詞がびっしりと並んだ紙面をじっくりと見ていくと方言漢字を確認できることがあります。私がここ数年、気になっている字は「畩」なのですが、2022年春を最後に紙面から採集できていません。

 早稲田大学の笹原宏之教授編著の『方言漢字事典』(研究社)によれば、「畩」は「けさ」と読む、鹿児島県に見られる地域文字。仏教の僧侶がまとう「袈裟」の意で、江戸期から薩摩で地名、人名に用いられたといいます。大隅半島北部にある曽於市に「畩ケ山」の地名があり、「畩ケ山」の姓の人もいるとのこと。また、大隅半島中央部の鹿屋地域では、新生児がへその緒を首にからませて生まれてきた状態を僧侶がまとう袈裟に見立て、仏の加護があると信じて、「畩」を命名に用いる「けさな」という習俗があったのだそうです。

 ならば、「畩」を名前に持つ人は鹿児島県に集中するのかというと、必ずしもそうではありません。記事データベースを使い、「畩」の字を名前に持つ叙勲受章者を調べたところ、全21人のうち3分の2の14人が九州で最多の9人が宮崎県在住者でした。鹿児島に隣接する宮崎にも「畩」を名前に用いる習わしがあったのです。恩賜財団母子愛育会編『日本産育習俗資料集成』(第一法規出版)によると、宮崎県の南那珂郡(現在の日南市、串間市)にも、へその緒が首にまとわりついて生まれた子が丈夫に育つようにとケサ(袈裟、被畩)の名を付けることがあったとのことでした。

「畩」を名前に持つ叙勲受章者

 1948年の戸籍法改正で名前に使える漢字が制限されて以降、「畩」は命名に使えなくなり、現在に至っています。「宮崎県の戸籍事務担当者たちから人名用漢字に『畩』を追加するよう要望が提出され、審議された」(方言漢字事典)こともありましたが、採用されませんでした。

 連載の13で取り上げた「褜」。同じく宮城県でへその緒が絡まって生まれた子の名付けに使われてきた字です。九州と東北で地理的に遠く離れ字も異なりますが、子供が丈夫に育つようにと願う親の思いが共通する名付けの風習でした。「畩」や「褜」のように地域性のある字がだんだんと使われなくなるのは寂しい限りです。せめてこれらの字が使われてきた事実だけでも記録として残しておきたいものです。

次回、新聞漢字あれこれ第169回は5月28日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

大藤修『日本人の姓・苗字・名前 人名に刻まれた歴史』吉川弘文館、2012年
笹原宏之編『なぞり書きで脳を活性化 知る人ぞ知る方言漢字128』大修館書店、2024
高梨公之『名前のはなし』東京書籍、1981年
『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年
『増補改訂 JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『日本産育習俗資料集成』第一法規出版、1975年
『方言漢字事典』研究社、2023年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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