ウサギふれあいコーナーではありません 「兎園冊」【漢検1級で出題された熟語を解説! 8】
著者:伊藤令子(漢字文化研究所研究員)
漢検最難関の1級では、約6,000字の対象漢字の中からさまざまな熟語が出題されます。中には、漢字そのものは知っていても、複雑な読み方やその言葉の意味を知らないと答えられない問題も。
このコラムでは、実際に過去に漢検1級で出題された熟語を漢字文化研究所の専門家が、その背景なども詳しく解説します!
◇ ◇ ◇
漢字ミュージアムでは、5月28日から「漢字動物園」という企画展を開催します。それに便乗して、今回は1級の難問の中から「兎」の入った「兎園冊」を紹介します。
1) 兎の園?「兎園冊」の意味
「兎園冊」は、動物園のウサギふれあいコーナーを連想しそうな可愛らしい字の並びですが、その意味は見た目とは大きく異なり、なんと「日常的な言葉で書かれた、高尚ではない身近な内容の本」を指しました。そこから転じて、自著を謙遜するときにも用いられるようになりました。
「冊」は書物を指しますが、では「兎園」とは何でしょうか? またなぜ俗っぽい書物を「兎園冊」と称したのでしょうか?
2)「兎園冊」の由来に関する説・その1
「兎園冊」が「世俗的な書物」を指すようになった由来については、諸説あります。清の翟灝が編纂した通俗語の辞書『通俗編』巻7「文学」には、「兎園冊子」という語について、明確な定義は示されていませんが、いくつかの説が記されています。その一つとして、次のようなものがあります。
類書言,梁孝王圃名兔園。王卒,帝以園令民耕種,籍其租以供祭祀。其簿籍皆俚語,故郷俗所誦云兔園冊子。
(類書によれば、梁孝王の庭園は「兎園」と名づけられていた *1。王が亡くなると、皇帝はその園を民に耕作させ、その租税を記録して祭祀の費用に充てた。その帳簿はすべて俗語で書かれていたため、民間ではこれを「兎園冊子」と呼んでいたという。)
民衆に兎園の土地を耕作させた際に作られた租税帳簿が、俗語で記されていたことに由来するとする説です。
3)「兎園冊」の由来に関する説・その2
一方で翟灝は、「兎園冊」を、唐の文人・虞世南が編纂した書のタイトルとし、「兎園冊」の語について、さきほどとは異なる説も併記します。
晁公武讀書志云,兔園冊十卷,唐虞世南撰,纂古今事爲四十八門,皆偶麗之語。至五代時,行於民間村塾,以授學童。故有遺下兔園冊之誚。
(晁公武の『郡斎読書志』には、『兎園冊』十巻は唐の虞世南の著であり、古今の事柄を四十八の部門に分類して編纂したもので、いずれも対句を用いた美文で書かれているとある。これが五代の頃には民間の村塾で用いられ、子どもに教えるための書となっていた。そのため、「兎園冊を落としたぞ」と人を嘲る言い方が生まれたのである。)
最後の句の「遺下兔園冊之誚(「兎園冊を落としたぞ」と人を嘲る言い方)」とは、史書である『新五代史』巻55「雑傳第四三・劉岳伝」の劉岳と馮道 *2(いずれも9〜10世紀の人物)の次の逸話に基づいています。
馮道は農家の出身で、風貌も素朴であったため、朝廷の士人たちからは嘲笑されていたといいます。ある朝、出仕した馮道の後ろに、任賛と劉岳がいました。馮道が後ろを何度も振り返るため、任賛は劉岳に「馮道はなぜ何度も振り返るのか」と尋ねたところ、劉岳は「『兎園冊』を落としたぞ」と馮道を揶揄し、怒らせたという話です。
この逸話の中で、『兎園冊』は、「兔園冊者,郷校俚儒教田夫牧子之所誦也,故岳舉以誚道(『兎園冊』というのは、地方の学校で、俗な儒者が農夫や牧童に教える際に読む書物であり、そのため劉岳は、それを引き合いに出して馮道をあざけったのである)」と解説が添えられます。この劉岳と馮道の話からは、『兎園冊』とは、士人の間では持つと嘲笑されるような、俗っぽい書物として扱われていたことが示されています *3。
『兎園冊』は、当時庶民に用いられた教科書的な存在となっていた反面、士人たちに軽視される世俗的な書でもありました。そのため、「兎園冊」の語に、「日常のことばで記された通俗的な書物」の意味が生まれたとも考えられます。
4)評価の揺れる『兎園冊』
『兎園冊』は、『新五代史』では軽んじられ笑いものにされる対象でしたが、『旧五代史』巻126「馮道伝」では異なった評価が見られます。
そこでも馮道は、任賛に、「そんなに急いで歩くと、『兎園冊』を落としますよ」と揶揄われる場面があります。それに対し馮道は任賛を呼び寄せ、このように言います。
兔園冊皆名儒所集,道能諷之。中朝士子止看文場秀句,便爲舉業,皆竊取公卿,何淺狹之甚耶。
(『兎園冊』は、いずれも名だたる儒者たちの言葉を集めたものだ。私はそれをそらんじることができる。ところが、朝廷の士子は、試験場での美しい言い回しばかりを見て、それをそのまま科挙の文章としているにすぎない。みな公卿の言葉を盗み取っているだけで、なんと浅はかなことか。)
この馮道の言葉を受けて、任賛は大いに恥じ入ったそうです。
馮道は、『兎園冊』のような基礎的な書物を軽視し、試験用の美文ばかりに頼る士人のあり方を浅薄だと批判しているとも解釈できます。
『旧五代史』も『新五代史』も、史書としての評価は高いとはいえず、いずれの逸話も事実であったかは定かではありません。しかし、『兎園冊』という名の書物に対して、対照的な見方があったことはうかがい知れます。「兎園冊」の語の持つ背景は、物事の価値は一面的には捉えきれないものであることを示唆するともいえるかもしれません。

次回は5月12日(火)に公開予定です。
≪注釈≫
1 「兎園」とは、前漢の梁王・劉武が営造した庭園の名で、梁園や睢園、修竹園などとも呼ばれた。豊かな水や植物の中に、様々な鳥獣が息づく大規模な庭園で、枚乗や司馬相如といった当時の著名な文人たちがそこに招かれたと伝えられている。
枚乗「梁王兔園賦」(『芸文類聚』巻65「産業部・園」所引)という詩のなかには、「闘雞走兔(鶏を闘わせ、兎を走らせる)」との句も見られ、庭園内に兎が放されていたことがわかる。ただしそれが「兎園」という庭園名の由来であったかは不明である。
2 馮道は主君を次々に替えながら乱世を生き延びた人物であり、その評価は後世において分かれている。
3 この馮道の逸話に登場する『兎園冊』については、いくつかの説があり、まず本文で挙げた『通俗編』では、これを虞世南の『兎園冊』として扱っている。一方、南宋の王応麟は、『困学紀聞』巻14において、『兎園策府』という、唐の太宗の子・李惲が、杜嗣先に編纂させた書が、この逸話の『兎園冊』(原文では「馮道兎園策」とある)に当たるとする。王応麟によれば、『兎園策府』とは、科挙試験を模した質問と解答を設け、そこに経書や史書を引いて解説を加えたものであり、その名の「兎園」は、前漢の梁王の庭園「兎園」にちなんでいるという。このように、「兎園冊」の意味の由来だけではなく、馮道の逸話に登場した『兎園冊』がどの書物を指すのかについても、見解は分かれている。
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