謎めいた熟語 “象胥(しょうしょ)” 【漢検1級で出題された熟語を解説! 3】
著者:伊藤令子(漢字文化研究所研究員)
漢検最難関の1級では、約6,000字の対象漢字の中からさまざまな熟語が出題されます。中には、漢字そのものは知っていても、複雑な読み方やその言葉の意味を知らないと答えられない問題も。
このコラムでは、実際に過去に漢検1級で出題された熟語を漢字文化研究所の専門家が、その背景なども詳しく解説します!
1)“象胥” とは?
漢検1級の問題の中に、「象胥」という言葉が出てきます。字面だけ見ると何を意味するのかあまり想像がつきません。なんだかミステリアスなムードを放つ漢字の組み合わせです。
調べてみると、通事、つまりは通訳を担う役人を指す言葉でした。「象胥」の役割は、記録上では周の時代からあったようで、古くは『周礼』*1 「秋官司寇」の中で以下のように解説されています。
象胥、掌蠻・夷・閩・貉・戎・狄之國使、掌傳王之言、而諭説焉、以和親之。若以時入賓、則協其禮與其辭、言傳之。凡其出入送逆之禮節、幣帛辭令、而賓相之…以下略
(象胥は、蛮・夷・閩・貉・戎・狄といった国からの使者をつかさどり、王の言葉を伝えて説明し、彼らとの関係を和らげて親好する役割である。もし彼らが時に応じて来朝した場合には、その礼儀と言葉を調整し、(通訳して)その言葉を伝える。その出入りの際の送り迎えの礼節、贈り物や言葉のやり取りなどを扱い、諸外国の使者を接待する…以下略)
「象胥」は、古代中国において、他民族の言語に通じ、異国の人々との仲介をする専門職だったといえます。ではこの「象胥」という漢字についてさらに考えてみましょう。
2)「象胥」の「胥」とは?
「象胥」が、異国との応接や通訳の役割を担っていたことは、さきほどの記述からも明らかです。しかしこのような役職を、なぜ「象胥」と称したのでしょうか?
まず「胥」について考えてみましょう。「胥」自体は「蟹の塩漬け」や「ほんの短い時間」など、様々な意味がある漢字ですが、『周礼』においては、まず巻一「天官冢宰」に「胥」という官名として登場します。それに対する後漢・鄭玄の注は、「胥」を「其有才知、爲什長(才知があり、什長(10人の長)である者)」*2と解説しています。この例から考えれば、「象胥」の「胥」もまた、知恵や能力のある者の職位という意味が込められていたと考えられます。
さらに「象胥」という官名についても、鄭玄は「通夷狄之言者曰象、胥其有才知者也(夷狄の言葉を理解するものを象といい、胥は才知のある者のことである)」と解説し、やはり官名「胥」の定義がほぼそのまま反映されています。
3)「象胥」の「象」はなぜ「象」なのか?
次に「象」の語を見てみましょう。まず前述の鄭玄はその注の中で、次のようなことを記しています。
此類之本名、東方曰寄、南方曰象、西方曰狄鞮、北方曰譯。今總名曰象者、周之德、先致南方也。
(この種の仕事のもとの名称は、東方との通訳者を「寄」、南方との通訳者を「象」、西方との通訳者を「狄鞮」、北方との通訳者を「訳」といった。今それらの総称が「象」というのは、周王朝の徳がまず南方へと及んだからである。)
もともと他民族との間をとりもつ「通訳者」の名称は、どこの地域を担当するかで違っていました。しかし周王朝の影響力が最初に南方へと及んだことから、南方の通訳担当者を指した「象」が、のちに「通訳者」の総称となったといいます。
さてこの通訳者の名称に用いられた「寄」、「象」、「狄鞮」、「訳」については、『周礼』に対する唐・賈公彦の疏(注に対するさらに詳細な注釈のこと)に、より詳しい言及がみられます。
云寄者、賓主不相解語、故寄中國語於東夷、又寄東夷語於中國、使相領解。云象者、傳南方於中國、還象中國以傳之、與南方人語、則還象南方語而傳之。云狄鞮者、鄭彼註云、鞮之言知也。雖不訓狄、狄即敵也。謂言語相敵、使之知也。云北方曰譯者、譯即易、謂換易言語、使相解也。
(「寄」は、賓主(相手国と自国)が互いに言葉を理解できないとき、中国の言葉に寄せて東夷の言葉を語り、また東夷の言葉に寄せて中国の言葉を語り、双方で理解できるようにする役割である。「象」は、南方の言葉を中国に伝える際に、中国の言葉に象ってそれを伝え、南方の人と話すときには、南方の言葉に象ってこれを伝える。「狄鞮」については、鄭玄の注には、「鞮」とは知るということだとある。「狄」は直接そのように読むわけではないが、すなわち「敵」(対等な者)を意味する。「狄鞮」は、言葉が互いに異なる対等な者同士の言葉を、仲介し理解させる者のことである。北方の人との通訳者を「訳」というのは、「訳」とは「易」のことであり、言語を交換し互いに理解させることを指す。)
「象」の漢字を「通訳」の意味で用いることは、一見すると不可解に思えます。しかしこの賈公彦の疏に従えば、「象」が備えた「かたどる(形を写し取る)」の意味を起点として、自らの言語を相手の言語に、相手の言語を自らの言語に「象って」移すという通訳行為を指す意味が派生したことがわかります。
謎めいた「象胥」の語も、調べてみると、中国大陸における多様な民族文化の交錯と、古代中国の王朝による外交の姿が垣間見えますね。
次回は1月12日(月)に公開予定です。
≪注釈≫
1 儒教の重要な経典の一つで、周王朝における行政制度や役職などについて主にまとめた書。
2 ただし漢名に「胥」が入っていても、必ずしも「什長」とは限らない。例えば『周礼』に記された「大胥」、「小胥」などの官職は、楽官であり、什長ではない。
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