うま年と干支「午」の字源 ——併せて2025年「今年の漢字」の予想—— |やっぱり漢字が好き55
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
今年も残すところあとひと月となった。本コラムでは毎年この時期になると干支の漢字を取り上げているが、今年も同様に来年の干支について述べたい。
現代日本で干支と言えば、12種類の動物(厳密には動物ではないものもあるが)を表す十二支を、それぞれの年に当てはめた暦を指すが、干支とは本来は、十二支のみで構成されるものではなく、十干と十二支を合わせたものである。それゆえ、干支は十干十二支とも呼ばれる。来年(2026年)は午年であり、十干十二支では「丙午」に当たる。
「丙午」というと、この年に生まれた女性は気性が激しい、7人の夫を食い殺す、嫁ぎ先に災いをもたらす、などといった迷信があり、その影響から60年前の丙午の年(1966年)には、日本各地で産み控えが生じ、出生数は前年の約182万人より約46万人減少した。この迷信の始まりは江戸時代の寛文6年(1666年)と考えられており、中でも八百屋お七がひのえうま女性の代名詞として扱われてきた。江戸の火事で出会った男に恋心を抱いたお七は、再び男と会いたい一心で、江戸の街に自ら付け火をし、その罪で火刑に処されたのであるが、これが丙午生まれの女性の気性の激しさに結び付けられたようである(吉川徹2025)。
この「午」という字であるが、無論、ネガティブな意味を含んでいるわけではない。もともとは「杵」を象った象形文字であったと考えられる。米をついたり、土をつき固めたりする道具である。たとえば、次はいずれも殷代甲骨文に見える「午」字であるが、特に図1-1は「きね」の形に近い。
図1-1「午」(『甲骨文合集』20532)
図1-2「午」(『甲骨文合集』7323)
もともと「きね」を表す文字であった「午」は、十二支の7番目の位置を占める単語(すなわち十二支の「午」)と発音が近かったことから、十二支を表す文字となった。この時、借りてきた文字(つまり「きね」を意味する「午」)と、十二支「午」との間に意味上のつながりはない。のち「午」が十二支を表す文字として定着したことから、十二支の「午」と「きね」を表す「午」の区別を明確にするため、「きね」の「午」に対して義符「木」が加え、「杵」という文字が作られた。
さてこの「午」字であるが、かなり早い段階から形体に変化が生じた。図2は中国西周時代初期の青銅器銘文に見える「午」であるが、上端が矢の先端のように尖った形で書かれる。さらに図3は春秋時代の青銅器銘文に見える「午」であるが、縦画の太くなっている部分が短い横画に変化している。
図2「午」(召卣:殷周金文集成5416)
図3「午」(叔朕簠:殷周金文集成4620)
その後は図3の形が継承される。次の図4は戦国時代後期の楚国の「午」、図5は戦国時代末期の秦国の「午」、図6は後漢の許慎により編纂された字書『説文解字』に収録されている小篆の「午」である。
図4「午」(包山楚簡60号簡)
図5「午」(睡虎地秦簡『日書乙』41号簡)
図6「午」(『説文解字』小篆)
このように、「午」の上端は「矢」のような形であったことから、『説文解字』は「午」に対し、「此與矢同意。」〔午は矢と同じ意味である。〕との字釈を掲げる。次の図7は『説文解字』が収録する「矢」の小篆であるが、確かに上部の形体は似ている。
図7「矢」(『説文解字』小篆)
ただし上で述べたように、「午」は「杵」に由来する文字であって、「矢」とは何の関係もない。したがって『説文解字』のこの解釈は、「午」のもともとの形体を知らず、小篆の形体のみから字義を分析した望文生義な解釈である。
なお近年、中国戦国時代末期から前漢初期の出土文字資料に十二支と生き物の配当関係を記した資料が複数見つかった。このことは十二支に対し生き物を配当する習俗は戦国時代末期までさかのぼることを示しているが、「午」に対しては「馬」の他、「鹿」を配当する資料もある。歴史の歯車が少しずれていたならば、我々はいま「うま年」を「しか年」と称したかもしれない。
最後に、「今年の漢字」の予想について少し述べたい。私の担当する授業で、「今年の漢字」の予想とその理由について学生に答えてもらったところ、1位は「米」、2位は「高」、3位は「熊」であった。
「米」を予想する理由としては、米価高騰のほか、米国のトランプ大統領の関税、米国のメジャーリーグにおける日本人の活躍などが挙げられた。「高」については、高市総理の就任や物価高、気温高、株高といった理由が寄せられた。「熊」が3位にランクインしたのは、このところの熊害の報道の急増によるのであろう。
学生のアンケートでは「米」が最も票を集めたが、私は根っからの山師なので、「今年の漢字」をあえて「高」と予想したい。
次回「やっぱり漢字が好き56」は12月15日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
吉川徹『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』、光文社新書、2025年
葛亮『漢字再発現』、上海書画出版社、2022年
季旭昇『説文新證』、芸文印書館、2014年
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。