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やっぱり漢字が好き。5  「干支」ってなんだ!?(上)

2023.01.04

やっぱり漢字が好き。5   「干支」ってなんだ!?(上)

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 

 さて、2023年最初のコラムでは、月並みではあるが、干支について取り上げたい。干支とは何かについて考えるべく、「上」では干支の構成、そして古代中国の十二支と動物の配当関係が現代と異なることを述べ、「下」では今年の干支である「卯」の文字の由来について、これまでの諸説を紹介する。

 みなさんにとってはもう聞き飽きたものと思うが、今年の干支は卯年である。現代日本で干支(えと)と言えば、12種類の動物(厳密には動物ではないものもあるが)を表す十二支を、それぞれの年に当てはめた暦を指すが、干支とは本来は、十二支のみで構成されたものではなく、十干(じっかん)と十二支を合わせたものである。それゆえ、干支は十干十二支とも呼ばれる。

 十干とは、

 甲(こう)、乙(いつ)、丙(へい)、丁(てい)、戊(ぼ)
 己(き)、庚(こう)、辛(しん)、壬(じん)、癸(き)

を指し、十二支とは、

 子(し)、丑(ちゅう)、寅(いん)、卯(ぼう)
 辰(しん)、巳(し)、午(ご)、未(び)
 申(しん)、酉(ゆう)、戌(じゅつ)、亥(がい)

を指す。

 干支は、十干と十二支を組合わせることによって得られる、60を1周期とする循環数を構成する。以下が一覧表である。

表1 十干十二支                   表1

 単純な計算では、十干(10)×十二支(12)で、最大120の組み合わせを得ることができるが、干支の構成は総当たりではなく、存在しない組み合わせがある(たとえば上の表には、「甲丑」や「乙子」がない)。全60種というのは十干(10)と十二支(12)の最小公倍数である。
 なお、2023年は40番目の癸卯にあたる。癸「卯」だから、うさぎ年なのである。

 日本における十干十二支は無論、古代中国にその起源をもつ。かつて本コラムにて筆者が執筆した「『翌日』は次の日とは限らない?」でも紹介したように、干支は今から3000年以上前、殷代後期(紀元前13世紀~紀元前11世紀)の甲骨文の時代から、日にちを表示するために用いられていた。甲骨文には、上の表1に記した60の干支すべてを規則正しく配列したカレンダーの如きものまである(図1)。当初は日にちに用いられていた干支であったが、後に年を表すのにも用いられるようになる。なお十干十二支はかつては、十日十二辰と呼ばれていたこともある(『淮南子(えなんじ)』天文訓)。

図1『甲骨文合集』37986

 現代では、十二支にそれぞれ特定の生き物が当てられているが、このような習俗は、実のところ、殷代からあったわけではない。文献資料で最も早く十二支と生き物の配当を論じたのは、後漢時代(西暦25年~220年)の学者である王充の『論衡』である。そのためかつては、十二支に生き物を配当する習俗は前漢頃から始まったとも考えられていた。ところが近年、中国戦国時代末期から前漢初期の出土文字資料に十二支と生き物の配当関係を記した資料が複数見つかっており、その習俗は戦国時代末期までさかのぼることが分かっている。

 下表は、各資料における十二支と生き物(実際には生き物以外も含まれる)の配当関係の一覧表である。「睡虎地」は秦統一(紀元前221年)前に書かれた竹簡を、「放馬灘」は秦統一後に書かれた竹簡を、「孔家坡」は前漢時代(紀元前202年~紀元9年)の初期に書かれた竹簡を指す。『論衡』はすでに述べたように、後漢の書物である。

表2 各資料における十二支と生き物の配当関係一覧表

                   表2

注:
「鬼」は「兎」の誤字である。 
「虫」、「蟲」ともに蛇の類を指すと考えられる(李菁葉2011)。
「虵」は「蛇」の異体字である。

 上の表2から、十二支に配当されていたのは必ずしも生き物ばかりでないことがわかる。たとえば現代の「申」の箇所には「環」(玉器)や「石」、「玉石」が配され、「酉」の箇所には「水」が配されている。また、「辰、巳、午、未、戌」は現代の我々が知る干支と、ところどころ出入りがあり、「午」に配された「鹿」や、「辰」と「巳」に配された「蟲」、「戌」に配された「老羊」と「老火」は、いま見ることができない。今年の干支「卯」は、いずれの資料でも変わりがない。なお、どうひっくり返してみても、「犬」は見えるが、「猫」は出てこない。

 それでは、なぜ十二支それぞれに特定の生き物が配当されているのか。この問題についてはいまなお分かっていない。一説に、中国文化を周辺の文化程度の低い地域に伝えるにあたって、記憶と流布の便利さのために、それぞれの月に多少の縁故のある動物を割り当てた、とも言うが(新城新蔵氏の説。水上1998による)、これでは戦国時代末期から前漢初期に十二支に当てられた「環」、「石」、「玉石」、「水」、「老火」などの存在を説明できない。また十二支そのものの起源についても解明されていない。一説に、バビロニアの十二宮(いわゆる黄道十二星座)に倣(なら)ったとも言う(郭沫若「釈支干」)。

 以上、十干十二支の構成、及び近年発見された、戦国時代末期から前漢初期の竹簡に見える、十二支と生き物(一部、生き物以外も含まれる)の配当関係を見た。次号では今年の干支である「卯」字に焦点を当ててみたい。

(つづく)

≪参考資料≫

海老根量介「「盗者」篇からみた「日書」の流通過程試論」、『東方学』第128輯、2014年
水上静夫『干支の漢字学』、大修館書店、1998年
郭沫若「釈支干」、『甲骨文字研究』、中華書局香港分局、1976年
中国社会科学院歴史研究所編『甲骨文合集』、中華書局,1977年~1982年
程少軒『放馬灘簡式占古佚書研究』、中西書局、2018年
李菁葉「睡虎地秦簡与放馬灘秦簡『日書』中的十二獣探析」、『南都学壇(人文社会科学学報)』第35巻第5期、2011年
劉楽賢『簡帛数術文献探論(増訂版)』、中国人民大学出版社、2012年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「卯」を調べよう


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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
二松学舎大学教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

≪記事画像≫

ほにょじま/PIXTA(ピクスタ)

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