歴史・文化

やっぱり漢字が好き。1 「翌日」は次の日とは限らない?

やっぱり漢字が好き。1 「翌日」は次の日とは限らない?

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 縁あって今回から「漢字カフェ」のコラムを担当することになった。私の略歴は下の〈著者紹介〉をご参照いただくとして、初回は自己紹介がてら、私の主な研究対象の1つである甲骨文を取り上げたい。

 さて、「翌日と言えばいつの日を指すか」と質問すれば、ほぼ100パーセントの方が「次の日」と答えるだろう。「翌月」は「次の月」、「翌年」は「次の年」というように、現代では「翌」は1単位後の未来の時点を指す。

図1 殷代後期の甲骨文「翌」

 「翌」は今から3000年以上前、殷代後期の甲骨文より用いられている歴史のある漢字で、概ね図1のような形であった。これは「翼」を表す象形文字で、「翼」という字が、未来を指示する{翌}を表し得たのは、両者の発音が近似していたことによる(このように文字化しにくい語を表すために、その語と字音が近い漢字を借りる文字運用現象を「仮借(かしゃ)」と呼ぶ)。面白いのは、甲骨文の「翌」が指す未来の日にちが次の日とは限らなかったということである。

 甲骨文は基本的に占いを記録した資料であるが、占いを行った日と、占いの対象となった事柄が起こる(かもしれない)未来の日の日付がしばしば明記される。そのおかげで、「翌」が何日後を指すのかはっきりとわかるのである。日付は当時、十干十二支(いわゆる干支(えと))で表記された。たとえば、

 (1) 甲戍卜,賓貞:“翌乙亥侑于祖乙。”(『甲骨文合集』557)
   〔甲戍の日に賓(占いの儀式を担当した人物)が占った、「次の乙亥の日に祖乙(祖先神)に生贄を捧げる」と〕
 (2) 戊戌卜,貞:“翌甲辰酒河。”(『甲骨文合集』14592)
   〔戊戌の日に占った、「次の甲辰の日に河の神に酒の祭祀を行う」と〕

 (1)の「甲戍(こうじゅつ)」は干支60日のうち11日目、「翌」が付された「乙亥(いつがい)」は12日目に当たり、「翌」は現代と同様、次の日を指すが、(2)の「戊戌(ぼじゅつ)」は干支60日のうち35日目、「翌」が付された「甲辰(こうしん)」は41日目に当たり、「翌」はなんと6日後を指す。

 私は今からおよそ20年前、大学4年生の頃だったと思うが、甲骨文の「翌」がいつを指すのかを調査するため用例を収集した。その結果、①「翌」は次の日から、最大60日後までを指すことができる、②次の日を指す例は、収集した360例中、約7割を占める、との結論を得た(その後発表された他の研究でも概ねこれに近い数字を示している)。時間に縛られた現代の我々から見れば、何とも大らかな時間感覚である。なお「翌」がいつのころから次の日に限定されるようになったのかについては良くわからない。甲骨文のように細かい日付が大量に明示されている資料がないためである。

 以上の調査結果に関しては、私は用例のデータを発表したのみで(戸内2003)、論文として正式に公刊することはしなかった。今から見れば少し惜しいことをしたとも感じるが、この場で多少なりとも触れることができ、留飲を下げられた思いである。

 漢字は字形のみならず、その用法もまた、時と共に移ろうものである。今回取り上げた「翌」はその一例である。筆者の研究は古代中国の文献、特に出土文字文献という、当時の漢字をありのままに記した「生」の資料から垣間見える、古代中国語の言語の様相を追究するというものであるが、今後、本コラム「やっぱり漢字が好き。」では、漢字の字形、発音、用法の歴史に関わる面白い現象や逸話を紹介していきたい。なお、当面は毎月1回月初に新たなコラムを公開する予定である。

≪参考資料≫

・戸内俊介「甲骨文字類義字考Ⅰ―「来」と「翌」―」、『語学漫歩』第34号、2003年
・郭沫若主編、中国社会科学院歴史研究所編『甲骨文合集』、中華書局、1977年〜1982年
・丁軍偉「卜辞翌、来再論」、宋鎮豪主編『甲骨文与殷商史』新9 輯、上海古籍出版、2019年
・苗利娟「略論甲骨卜辞中“翌”与“来”的時間差異」、『中国語文』2012年第3期

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「翌」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
二松学舎大学教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

≪記事画像≫

甲骨文の拓本(『甲骨文合集』557より)

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