歴史・文化気になる日本語

新聞漢字あれこれ172 「錮」拘禁刑の導入で使われなくなる?

新聞漢字あれこれ172 「錮」拘禁刑の導入で使われなくなる?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 

 

 

 改正刑法が6月1日に施行され、「懲役」「禁錮」が「拘禁刑」に一本化されました。校閲記者として気になるのが「錮」の行方。刑法から「禁錮」の文言が消え、新聞記事からも「錮」がなくなるのでしょうか。

 日本の法律における刑罰は、刑法9条の死刑・懲役・禁錮・罰金・拘留・科料でしたが、このうちの懲役と禁錮が廃止になり拘禁刑が創設されました。懲役と禁錮は、罰としては刑務所内で自由を奪われる点では同じですが、刑務作業が義務付けられる懲役に対し、禁錮にはその義務がありませんでした。拘禁刑への一本化には、受刑者を懲らしめるのではなく、更生を促し再び罪を犯させないようにするとの狙いがあります。刑務作業をさせるかどうかは受刑者ごとに決められるなど、各自の資質や年齢といった特性に応じた更生プログラムが行われるようになります。

 さて、この禁錮の「錮」。新聞では長く「固」に置き換えられていた時期がありました。漢字制限のなかった戦前は「錮」が使われていましたが、戦後は当用漢字表(当時)に「錮」が入らなかったことから、「禁錮」を「禁固」と書いてきました。これは1956年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」によるものではなく、日本新聞協会新聞用語懇談会が独自に検討し決めたものでしたが、それ以前からも紙面には見られた表記です。

 こうして50年以上にわたり新聞で続いてきた代用表記の「禁固」も、2010年の常用漢字表の改定で変更を余儀なくされます。「錮」が漢字表に入ると、新聞は「禁固」から「禁錮」へと表記変更。日本経済新聞でも同年1130日付の紙面と電子版から新しい常用漢字表に基づき「錮」を使うようになりました。「錮」が常用漢字になったのは、内閣法制局が法律で使われる字として要望を出したことが要因の一つですが、皮肉なことに今回の改正刑法で「禁錮」がなくなってしまいました。

 とはいえ、拘禁刑が適用されるのはあくまでも6月1日以降に発生した事件・事故についてであり、5月31日までに発生した事案については従来通りの懲役・禁錮のままとなります。また、海外では禁錮を科す国がありますので、新聞報道から「錮」の使用が完全になくなるようなことにはならないでしょう。

 常用漢字表の改定から15年。使われる場面は減っても、「錮」は新聞記事に残り続けます。




次回、新聞漢字あれこれ第173回は7月23日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

三省堂編修所編『新しい国語表記ハンドブック 第九版』三省堂、2021年
田島優『現代漢字の世界』朝倉書店、2008年
『2010年「改定常用漢字表」対応 新聞用語集 追補版』日本新聞協会、2010年
『日本語百科大事典 縮刷版』大修館書店、1995年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

≪おすすめ記事≫

新聞漢字あれこれ87 斑と班 どちらも「まだら」 はこちら
新聞漢字あれこれ32 日本経済を支える「塡」 はこちら
新聞漢字あれこれ16 常用漢字になれなかった「哨」 はこちら

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



記事を共有する