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新聞漢字あれこれ32 日本経済を支える「塡」

新聞漢字あれこれ32 日本経済を支える「塡」

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 新聞で使われる漢字には、特定分野の記事ばかりに登場するようなものがあります。皆さんは2010年に常用漢字表に入った「塡」がどのような場面で使われていると思いますか。2018年の日本経済新聞朝夕刊(地方経済面を含む)1年分の記事をもとに調べてみました。

 常用漢字表の本表の「塡」を見ると、例欄には「装塡」と「補塡」の2語しか挙げられていません。円満字二郎さんの『漢字ときあかし辞典』(研究社)に「数はあるけど使えないなあ…」とあるとおり、日経朝夕刊では、ほぼ「充塡」「装塡」「補塡」の3つの熟語でしか使われていませんでした。ではどの熟語が一番多いのか。経済新聞だから「補塡」(赤字補塡、損失補塡など)のように思う方も多いでしょうが、実際に数えてみると「補塡」よりも「充塡」のほうが多く登場します。

2018年の日本経済新聞朝夕刊記事に「塡」が登場する回数

 「塡」の登場回数を記事分野別に見ていくと、「地方」が突出して多く、1位となっています。全263回のうち「充塡」の使用が190回と7割強を占めていました。では「充塡」するのはどんなものがあるのか記事から拾ってみましょう。「ジュース」「ビール」「ワイン」「日本酒」「マヨネーズ」「ドレッシング」「水素」「豚肉」「抹茶」「医薬品」「牛乳」などなど。記事に「充塡」の出てくる地域には企業の生産拠点が多くあり、いろいろな商品となるものを瓶や缶などの容器に「充塡」していたのでした。日本経済を支えているのは地方だということが「塡」の字から見えてくるといえるのかもしれません。

2017年と2018年の日本経済新聞の記事分野に「塡」が登場する回数

 珍しいところでは「塡料」と「塡(は)むる」の使用例が見られました。「塡料」とは、製紙原料のパルプのすき間を埋めて紙のなめらかさや不透明性を向上させる粉状の物質のことをいいます。動詞「塡むる」は、詩歌・教養面「歌壇」に投稿された短歌のなかで、腕時計をつける描写で使われていました。

 こうした結果は2018年だけの傾向かといえば、そうではありません。以前、知新会(漢字教育士2期生有志の勉強会)の月例会で2017年の「塡」の使用実態を調べ発表したことがありますが、やはり2018年と同様に使用例は「充塡」「補塡」「装塡」の順で占められるという結果でした。漢字はその使用例を見ていくと、使われ方から性格・性質というようなものが見えてきます。

2017年の日本経済新聞の「塡」の使用例

 ちなみに、この「塡」はかつて表外字だったことから、新聞では「充てん」「装てん」「補てん」といった交ぜ書きをしていました。読者の皆さんから「読みにくい」という声のあった評判のよくない表記でしたが、現在は改善されています。

≪参考資料≫

円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
小林肇「塡の字から見えるもの」知新会資料、2018年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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