新聞漢字あれこれ171 「味噌」にもいろいろありまして

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
前回に引き続き愛知県での話。岡崎市にある八丁味噌の工場を見学してきました。石積みをする伝統的製法に目を見張りましたが、さらに気になったのがあちこちで見た味噌の「噌」の字でした。
名古屋からJR東海道本線と愛知環状鉄道を乗り継いで中岡崎駅で下車。このあたりの岡崎市八帖町が、八丁味噌の発祥地といわれます。そこで伝統的製法で味噌の醸造を続けているのが、合資会社八丁味噌(カクキュー)と株式会社まるや八丁味噌の2社で、訪ねた日はカクキューの工場と史料館を見学させてもらいました。
大きな木桶とその上に美しく積み上げられた石、漂う味噌の香りに圧倒されるなかで、興味をひかれたのが敷地内外で目に留まった「噌」の字のバリエーション。1998年から1999年にかけて新聞72社のフォントの調査をした際に見た① ②
③
の字形がそろっていました。当時の新聞はJIS第1水準だった①
が主流の字形(46社)で、いわゆる康熙字典体の②
が少数派(22社)。ごく限られた社が③
の字形(4社)でした。その字形がそろい踏みするというのは、味噌の町ならではだと感じ入りました。
国語審議会(現・文化審議会国語分科会)が2000年に表外漢字字体表を答申。明治以来の伝統的活字字体が印刷標準字体になり、2004年にJISの字形が① から②
に変更されると、新聞各社の字形も②
に収斂されていきます。日本経済新聞社も2005年に①
から②
へと変更しました。そういう意味では1カ所で3つの字形を見られるのは、珍しいことであり、漢字に関わる者としては懐かしさもあってか見学以上に楽しいものでした。
ちなみに、八丁味噌の発祥の地である「八帖町」は、2022年12月に八丁味噌メーカー2社の立地する敷地が「八丁町」として分離されました。現在は同じ地域に同じ読み方の2つの地名が併存する形になっています。異なる字形の同じ字(① ②
③
)と、字が異なる同じ地名(帖・丁)に出会える町。ここは宮崎あおいさんが主演した2006年度前期放送のNHK連続テレビ小説『純情きらり』のロケ地としても知られています。
次回、新聞漢字あれこれ第172回は7月9日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
国語審議会答申『表外漢字字体表』2000年
戸籍実務研究会編『〔新版〕わかりやすい一表式 誤字俗字・正字一覧』日本加除出版、2004年
小林肇「「新聞鉱山」を掘り続けて―校閲記者と表外漢字の30年―」『学会通信 漢字之窓 第6巻第2号』日本漢字学会、2024年
田島優『現代漢字の世界』朝倉書店、2008年
比留間直和「新聞と表外漢字字体」『SCIENCE of HUMANITY BENSEI vol.31』勉声出版、2001年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。