新聞漢字あれこれ141 「麴」と「麹」どちらを使うか
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
3月下旬、「紅こうじ」を使った機能性表示食品のサプリメントによる健康被害がニュースになりました。新聞各紙では連日「麴」(JIS第3水準)と「麹」(JIS第1水準)の2つの「こうじ」が見出しと記事に登場しています。
「麴」と「麹」は常用漢字ではないため、新聞では「こうじ」と仮名で書いたり、「麴(こうじ)」などと読み仮名を付けて表記したりします。死亡事例が報告されるなど大きなニュースになり、見出しでも大きな活字で「麴」と「麹」を見ることが多くなりました。
なぜ、「麴」と「麹」の2つの字が紙面に出てくるのか。2000年の国語審議会答申「表外漢字字体表」では、「麴」が印刷標準字体に、「麹」が簡易慣用字体として示されています。新聞の場合、印刷標準字体の「麴」を使う社が多いのですが、今回は製品名に「麹」の字が使われていることもあり、どちらも紙面に出てくるわけです。
一連の報道で新聞・通信各社は、おおまかに次のような4つの対応に分かれました。
原料・素材は標準字体の「麴」を使い製品名は「麹」にと区別する社があれば、原料・素材も製品名に合わせて「麹」で統一した社、どちらも標準字体で表記した社などが見られます。いずれも正確さや読みやすさなどを追求した結果で、どれが良いのかはなかなか判断がつきません。
連載の第140回でも取り上げましたが、「高」と「髙」の関係のように、新聞では固有名詞でも旧字・異体字を標準字体にするというルールがあります。読者層の広い媒体としては、多くの人に分かりやすい字を使うという考え方があるからです。④のような対応もそんな理由から選ばれたのでしょう。
とはいえ、今回の問題は人命や健康に関わる重大問題。当該企業の製品では回収命令が出たほか、同社の「紅こうじ」を使った他社製品の自主回収も始まっています。こうした場合は、読者に間違いなく伝わるよう製品名(固有名詞)に表記を合わせるという判断も必要になってきます。
2002年、中国製ダイエット食品による健康被害が社会問題化しました。新聞では通常、中国の簡体字を日本の字に置き換えますが、この時は製品がインターネットなどで販売されていたこともあり、注意喚起の意味もあって製品名を簡体字のまま報道しました。いま、そんな20年以上前のことを思い出しています。
次回、新聞漢字あれこれ第142回は4月17日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『表外漢字字体表(平成12年12月8日国語審議会答申)』2000年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「麴(麹)」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。