歴史・文化漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ140 企業名の「ハシゴダカ」をどうするか

新聞漢字あれこれ140 企業名の「ハシゴダカ」をどうするか

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
 「字が間違っているのではないかと印刷工場から連絡がありました」。夕刊の早版作業が終わってほっとしていた時に、ドキリとするような声がかかり身構えました。

 字に関する連絡は「島屋の(ハシゴダカ)が正しいのではないか」との内容。新聞では企業名などの固有名詞でも旧字・異体字は分かりやすい標準字体に置き換えて使うのが原則なので、企業がハシゴダカで名乗っていても紙面上は常用漢字の「」を使います。その場で「のままでいいですよ」と答えました。

 とは言え、なぜこのような問い合わせが来たのか。当該記事が載っていたのは担当していたニュース面ではなく、前日までに校了していたもの。念のため紙面がどうなっているのか確認してみました。

 記事は企業のロゴやシンボルマークの歴史をたどったものでした。印刷工場で記事を読んで連絡をしてきた人は「『越』を丸で囲った三越や『』の字を使った島屋は、屋号を図案化したマークを使い続けている」とのくだりが気になったのです。なるほど、確かにマークの話となれば「」にするのが正確ですので、もっともな指摘であったと思います。ただ、この記事が伝えたかったのは「社名の1字を図案化したマークを使っている」ということ。普段の記事で社名でも「」ではなく「」を使っているわけですので、「」のままにする判断でよかったでしょう。

髙島屋

 ここで思い出したのが、日本漢字学会の『学会通信 漢字之窓』の「漢字ニュースコレクション」の中で円満字二郎さんが取り上げた偽造商品券に関する記事でした。商品券の裏に記載された「島屋」の「」が「」になっていたために、偽造が発覚したという内容。これを新聞で報道するならば、偽造を見破ったポイントが「」の字の違いであるので「」と「」の違いや関係をきちんと説明しなければなりません。標準字体を使う原則は守りつつも、事実を分かりやすく伝えるにはケース・バイ・ケースで柔軟に対応する必要も出てきます。

               地下鉄の駅構内は常用漢字で表示

 余談ですが、10年ほど前に大学のサークルの後輩同士の結婚式があったと聞きました。新郎の姓が常用漢字の「橋」で、新婦はハシゴダカの「橋」。親族控室などで混乱がないよう、表示する字体の使い分けをしていたのは言うまでもありません。

次回、新聞漢字あれこれ第141回は4月3日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

阿辻哲次『漢字を楽しむ』講談社現代新書、2008年
円満字二郎「漢字ニュースコレクション2018年11月▶2019年4月」『学会通信 漢字之窓 第1巻第1号』日本漢字学会、2019年
加藤弘一『図解雑学 文字コード』ナツメ社、2002年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
小林一仁『バツをつけない漢字指導』大修館書店、1998年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら
日本漢字学会の『学会通信 漢字之窓』バックナンバー閲覧 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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