難読漢字

新聞漢字あれこれ19 「州」を手書きすると「刕」 になる?

新聞漢字あれこれ19 「州」を手書きすると「刕」 になる?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 4月のある日、夕刊社会面を見ていると「刕」という字が目に飛び込んできました。珍しい字だなと思い、手元の漢和辞典で調べると「リ・レイ」と読む字で、意味は「割く」。ところが紙面では「シュウ」と読ませていました。なぜでしょう?

 新聞記事に載っていたのは、東京都北区の十条銀座商店街にある青果店「信刕(しんしゅう)屋」さん。新聞ではこうした読みの分かりにくい字に仮名を付けることがありますが、どうして「刕」を「シュウ」と読むのでしょうか。固有名詞なのだからいろいろな読み方があって当然、と言えばそれまでですが、気になるところです。

 何冊かの漢和辞典や漢字辞典で「刕」を見ると、「俗に『州』に代用する」(新潮日本語漢字辞典)、「『州』の異体字としても用いる」(岩波新漢語辞典)といった記述がありました。なるほど「州」の異体字だから「シュウ」と読ませるわけですね。それも「日本で『州』の異体字」(学研新漢和大字典)とありましたので、この異体字関係は日本独特の用法のようです。『漢字くずし方辞典』の「州」の項に、「刕」が例示されてはいますが、なぜ「州=刕」になったのかまでは分かりませんでした。

 そこで、笹原宏之早稲田大学教授の著書『国字の位相と展開』に当たってみたところ、ありました。「『州』はその書きづらさや形状・筆運びの単調さ、形の取りにくさから、点と縦画とを『立刀』と見なし、バランスを求めて再構成し、漢字『刕』と交替する例もある」とのこと。「刕」は古文書にもよく見られる字だそうで、『実習近世古文書辞典』にも「刂(リットウ)を刀(トウ)におきかえ、山型に三つ重ねた形」とありました。つまり「州」を3つの「刂」として、それが「刕」という形に変化したということになります。

 東京都北区の十条銀座商店街にある青果店「信刕屋」の看板信刕屋の店主、小林文雄さんによると、戦後すぐの1947年(昭和22年)ごろに信州(長野県)出身の親戚の方が創業して以来、同じ店名で商売を続けているそうです。これで「信刕=信州」ということもはっきりしました。店頭にあったバナナの房が「刕」の形に似ているのは単なる偶然でしょう。

 ほかに『増補改訂JIS漢字字典』には「明刕(めいしゅ、みょうしょう)」「羽刕(うしゅう)」という姓と「道刕(どうしゅう)」という福島県の地名が載っていました。ネット検索で「奥刕屋(おうしゅうや)」という姓も見つかりましたので、やはり日本では主に「しゅう」と読まれているようです。2006年に新聞から採集した高知県の男性の名前「刕佐」は「くにすけ」さんと読み、こちらは「州」の表外訓である「くに」からきています。

 思い起こせば、小学生の頃から「州」の字を書くのは苦手でした。形がうまく決まらないのです。最近はパソコンばかりで手書きする機会が減り、たまにメモ書きする時などは「卅」で代用してしまうこともあります。「州」を「刕」とするのは、バランスよく書くための先人の知恵だったのですね。今回、印刷文字を眺めているだけでは分からないことに、あらためて気づかされました。

≪参考資料≫

児玉幸多編『漢字くずし方辞典 新装版』東京堂出版、2019年
笹原宏之『国字の位相と展開』三省堂、2007年
若尾俊平編『実習近世古文書辞典』柏書房、1982年
『異体字解読字典 第8刷』柏書房、2008年
『岩波新漢語辞典 第3版』岩波書店、2014年
『学研新漢和大字典』学習研究社、2005年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『全訳 漢辞海 第4版』三省堂、2017年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
「秋の叙勲 晴れの受章者」高知新聞朝刊2006年11月3日付
「グレープフルーツ離れナゼ」日本経済新聞夕刊2019年4月19日付

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「州」を調べよう。

≪おすすめ記事≫

新聞漢字あれこれ18 「太」と「大」は悩ましい
新聞漢字あれこれ14 「附属」と「付属」、どう区別?

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

全て著者が撮影したもの(一部画像を処理しています)

記事を共有する