姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「この名前は何と読むのか」「難しい名前には読み仮名をつけてほしい」――。新聞社には読者からこういった質問や要望が寄せられることがあります。初めて見る名前は何と読むのか気になりますよね。

 新聞では人物を紹介する記事での略歴や訃報などを除き、人名には原則読み仮名を付けていません。例外的に「読み方の難しい姓名には平仮名で文中ルビを付ける」(記者ハンドブック第14版)ことにはなっていますが、この「難しい」の基準がまた難しいものなのです。

 ある日の朝日新聞朝刊に登場する人名が1299あったという調査結果があります。日本経済新聞だったら企業の人事記事もあり、多いときは3000人以上になる日も。そのすべてにルビをつけるわけにはいきませんが、読者の「知りたい」という要望には何とか応えたいものです。

 読者からの「読み」に関する質問はおおむね①難しい漢字②漢字は易しいが見慣れない字の組み合わせ――の2点です。これまで問い合わせが最も多かったのは、政治外交史家の五百旗頭真(いおきべ・まこと)さん。五百旗頭さんは2008年1~6月の半年間、夕刊1面コラム「あすへの話題」を執筆していました。15年も前のことですが、珍しい姓のため初めは読めなくても一度覚えてしまうと忘れられません。その後、五百旗頭さんは2019年2月、朝刊文化面コラム「私の履歴書」全27回を連載。このときは氏名の横にルビが振られていました。

 例えば「山崎」という姓はどうでしょうか。よく東日本は「やまざき」と言い、西日本では「やまさき」と読むとされます。「渋谷」の場合は東西で「しぶや」「しぶたに」が混在するなど、よく見る姓でも読み方が異なります。しかしながら、姓に関しては「濁るか濁らないか」などといった質問は来ません。「山崎」「渋谷」とも正確に区別するのは難しくても、なじみがあるものだけに複数の読み方があっても気にならないものなのでしょう。「五百旗頭」のような漢字の組み合わせになると「知りたい」という欲求が強くなるようです。

 法制審議会は2月、戸籍法の改正要綱を答申。これまで戸籍になかった「氏名の仮名表記」が2024年度にも記載されることになりました。名付けに使える漢字には2999字(常用漢字と人名用漢字)という枠がありますが、今度はその漢字の読み方に「一般に認められているものでなければならない」との制限が設けられます。これにより、一般的でない当て字を使ういわゆる「キラキラネーム」の名付けに一定の歯止めがかかりそうです。

 とはいえ、読み方が分かりにくいのはキラキラネームばかりではありません。5月9日の日経校閲ツイッターでも取り上げていましたが、「良子」という名前には「よしこ」「りょうこ」「ながこ」などと複数の読み方があります。簡単そうな漢字だからといって容易に読めない名があるのは、日本の命名文化の奥深さともいえます。新聞を編集する上で「読み方の難しい姓名」の基準を決めることは難しいところがありますが、前述の①②を基にケース・バイ・ケースで対応していくことが現状では最善かと考えます。

≪参考資料≫

笹原宏之『方言漢字』角川選書、2013年
丸山博巳『名前の雑学うんちく読本』広済堂出版、1988年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『NIKKEI用語の手引 2023年版』日本経済新聞社、2023年

≪参考リンク≫

「日経校閲ツイッター」 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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