まぎらわしい漢字姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ54 「董」と「薫」 姓で使うのは…

新聞漢字あれこれ54 「董」と「薫」 姓で使うのは…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 8月のある日の新聞で「董」と「薫」を間違えた記事がありました。字は似ているのですが、どうすればミスを救えたでしょうか。

 記事は中国人の姓で「董」とあるべきところを「薫」と誤ってしまいました。「薫(クン・かおる)」は常用漢字で、「董(トウ・ただす)」は表外字の別字です。なぜ間違えたのかといえば、理由は字が似ているからなのですが、固有名詞の誤りは相手の人に対して不快な思いをさせてしまうことがあります。できる限り防がなければなりません。

 この時、校閲記者は何をしていたのかというと、担当者は基本動作として資料に当たり氏名を確認したのですが、実はその資料が間違っていたとのことでした。それだけ間違いやすい字でもあるわけです。ミスの多くは書き手の誤りですが、誤りをそのまま通してしまうと校閲担当者として胸が痛みます。

 こうしたミスを防ぐには、漢字の音符(形声字の発音を表している部分)を意識すれば、救えるものもあるかと思います。「董」でしたら「重」が音符になり、「薫」だったら「熏」が音符になります。中国人名で「傅(フ)」を「傳(デン、伝の旧字)」と誤る例をよく見ることがありますが、名前の読み方さえ知っていれば、音符の知識があれば間違うことはないでしょう。とはいえ、漢字は見たままの「感じ」で覚えている人も多く、似た字の誤りはなかなか減らないというのが実情です。だからこそ、校閲が必要になってくるわけではありますが……。

 「董」と「薫」には、ほかに似た字として人名用漢字の「菫(キン・すみれ)」があり、こちらも要注意です。2019年に史上最年少で囲碁のプロ棋士になった仲邑菫(なかむら・すみれ)さんは、名前もそうですが姓のほうも間違えそうな字の組み合わせですね。「仲村」「中邑」「仲邨」などとしないよう気をつけなければなりません。

 「ミスは繰り返す」――。校閲記者はこの言葉を肝に銘じ、いままでどんな間違いが起きてきたのかを知り、知識として身に付けていくことが必要です。「同じミスを繰り返さない」ためにも。

≪参考資料≫

林大監修『現代漢語例解辞典』小学館、1992年
原田種成編『漢字小百科辞典』三省堂、1989年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「董」を調べよう
漢字ペディアで「薫」を調べよう
漢字ペディアで「菫」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

yuuhana/PIXTA(ピクスタ)

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