姓名・名づけ難読漢字

新聞漢字あれこれ7 宮崎県でヒバリを見つけました

新聞漢字あれこれ7 宮崎県でヒバリを見つけました

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 叙勲の記事を見るのが好きです、などと書くと何だか変わった人だと思われるかもしれませんね。毎年春と秋に受章者の氏名が紙面いっぱいに並んだものです。一見、無味乾燥のようですが、受章者は、戸籍法改正で名前に使用できる漢字が制限された1948年よりも前に生まれた人が多く、ここから珍しい漢字が採集できます。また、受章者の居住する市町村名も載っているため、その地域特有と思われる字が見つかることもあるのです。

 2009年4月の「危険業務従事者叙勲」の記事にあった「鸙」もそんな字のひとつでした。他の記事から集めた用例などと合わせると、「鸙」は「鸙野(ひばりの)」という姓に使われ、宮崎県の特に小林市に多く見られる字のようです。この字の存在を知ってから9年半たった今年11月9~10日、現地に行って「鸙」を探してみました。

宮崎県小林市の大姓ランキング JIS第4水準で超1級漢字の「鸙」を含んだ「鸙野」姓は全国的に希少なのですが、小林市では「鸙野」は大姓のひとつで『九州の苗字を歩く 大分・宮崎編』(梓書院)によると、ランキング8位(68軒)。現在は鸙野地区に約40軒、地頭渕地区に9軒あり、鸙野さんが両地区に集中して住んでいらっしゃいます。

 小林市役所市民生活部市民課の鸙野裕幸(ひばりの・ひろゆき)さんによると、地頭渕地区にある納骨堂の石碑に「約二百年前、吾々の祖先が鹿児島頴娃より…肥原野に移住、その一分家が地頭渕に移り…」という内容の文が刻まれているそうです。おそらく地名の「肥原野」が「鸙野」に変わり、そこで「鸙野」という姓が生まれたということなのでしょう。市内には「ひばり野」という地名と「雲雀野」という字名もありました。

 市民課の上仮屋明(うえかりや・あきら)さんに、鸙野バス停(小林市コミュニティバス)、鸙野営農研修館、鸙野小町の墓など市内にある鸙野ゆかりの場所を案内していただき、「鸙」の字をカメラに収めて回りました。ちなみに鸙野営農研修館で見た看板の「鸙」は画数が少なく書かれていて、鸙野裕幸さんも普段はそのように書いているといいます。昔の戸籍も同様で、コンピューター化されてから「鸙」になったそうです。

鸙野バス停 鸙野営農研修館 「鸙野」の標識

 この地にヒバリが飛んでいたのかまでは分かりませんでしたが、今回の訪問で10年越しの「鸙」の謎が、自分なりに少し解明できたのではないかと思います。

 「鸙」探索から帰京した2日後、11月12日付日本経済新聞夕刊文化面から別のヒバリの字を採集しました。文楽の演目「鶊山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)」で、「鶊」もJIS第3水準の超1級漢字。新聞を見ながら「このところヒバリづいているなあ」と思わずニンマリしてしまいました。

 先日、校閲記者を志望しているという大学生と会う機会がありました。その際に「仕事をしていて、どんな時が楽しいですか」という質問を受け、「紙面から珍しい漢字を見つけた時」と答えた私。果たしてこの思いは相手に伝わったでしょうか。それとも変な人と思われただけでしょうか。

≪参考資料≫

小林市史編さん委員会編『小林市史 第三巻 戦後編』小林市、2000年
丹羽基二『人名・地名の漢字学』大修館書店、1994年
岬茫洋『九州の苗字を歩く 大分・宮崎編』梓書院、2008年

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

記事上(ひばり):DREAMNIKON / PIXTA(ピクスタ)
記事中(バス停・建物看板・標識):著者撮影

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