新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
2月下旬のこと。朝刊の地域経済面で「常磐町」とあるべきところが「常盤町」となっていた記事があり、担当者が修正したとの報告を見ました。よくある入力ミスです。
これは静岡市葵区の地名でトキワと読み、記事ではあるサービス業がフランチャイズ展開する「常磐町店」の名称が誤っていました。静岡県には磐田市があり、地域的に「磐」とするものかと思いきや、浜松市中区には「常盤町」もあり、そう単純にはいきません。北海道旭川市に至っては、地名・公園名に「常磐公園」があり、その周辺で「常盤通」など「盤」の字を使う地名があります。全国的に地名の数としては「常盤」のほうが「常磐」よりも多数派といわれますが、実にややこしいですね。
なぜ2つの表記があるのか。『似て非なる漢字の辞典』には「『磐』は『盤』から分化した字といえる。磐石、落磐などの用例がある。しかし現在は盤石、落盤と書く傾向がある。分化したものが同化しつつあるわけだ」とありました。そうなると字形も似ていて意味も近く、「常磐」「常盤」の両表記があるのも当然といえるでしょう。とはいえ「盤」が常用漢字で「磐」は人名用漢字で別字になります。固有名詞ではきちんと使い分けざるをえません。
少数派といわれる「常磐」。新聞での使用例は地名と地名に関係する固有名詞がほとんどで、特に多いのが「常磐自動車道」「常磐線」と上場企業の「常磐興産」です。2022年の日本経済新聞紙面に登場した「常磐」130件のうち、このジョウバンと読む3語が90件と7割を占めました。常磐は、旧常陸国(茨城県の大部分)と旧磐城国(福島県東部から宮城県南部)の総称ですが、固有名詞はジョウバンと読むものだけではありません。福島県いわき市の常磐がジョウバンなのに対し、茨城県水戸市常磐町や水戸市にキャンパスがある常磐大学はトキワ。読み方にも紛らわしいところがあります。
では、人名はどうなのか。『増補改訂JIS漢字字典』によれば、「常磐」「常盤」ともトキワと読む姓があります。30年間(1993~2022年)の叙勲関係の記事で調べたところ、「常盤」姓22人に対し、「常磐」姓は0人。名前は「常盤」さんが3人で、「常磐」さんが2人いました。姓名としては「常盤」が人数的に多いようです。ただし、浄瑠璃の流派「常磐津」は創始者が常磐津文字太夫で、その伝承者が常磐津を名乗っていますので字には要注意です。
いずれにせよ、トキワ、ジョウバンと読む固有名詞が出てきたら、校閲記者は「般」の下が「石」なのか「皿」なのかを目を凝らして確認し、資料などと照合することが肝要となります。
≪参考資料≫
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『新訂 現代日本人名録2002 3.そ~ひれ』日外アソシエーツ、2002年
『人名の漢字語源辞典 新装版』東京堂出版、2021年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『地名苗字読み解き事典』柏書房、2002年
『似て非なる漢字の辞典』東京堂出版、2000年
『日本国語大辞典 第二版 第九巻』小学館、2001年
≪参考リンク≫
「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「磐」を調べよう
漢字ペディアで「盤」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。