新聞漢字あれこれ4 ドラフト1位の漢字は「昂」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
このコラムが公開された翌日(10月25日)、プロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)が開かれます。期待の選手たちがどの球団に指名されるのか、気になりますね。プロ入りし1軍で活躍すれば、選手の名前も新聞紙面に躍ることになります。校閲記者にとって気になるのは氏名の漢字。漢字にドラフトがあるのなら、私は「昂」を1位指名します。
注目選手の一人、甲子園大会で2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭高の根尾昂(ねお・あきら)内野手。同選手を含め、ここ数年「昂」の名前のスポーツ選手が増えているなあと思うことがあります。リオデジャネイロ五輪(2016年)の日本選手団にも2人いました。もちろん「昂」より多く使われる漢字は他にありますが、「昂」が気にかかるのは「昴(すばる)」によく間違えられるからです。新聞校閲をするなかで、人名で「昴」が出てくると「昂」の間違いだったということがよくあります。谷村新司さんのヒット曲の影響か「昴」の方がイメージが強いようです。
かつて「昴」と「昂」の名前をめぐり、こんなことがありました。1986年、陸上競技で著名な男子選手が、子供に「昴」と名付けようとしたところ、常用漢字でも人名用漢字でもなかったため、代わりに似た字の「昂」(1981年に人名用漢字)で出生届を出すというニュースが話題となりました。そんな騒動もあってか、「昴」は1990年に人名用漢字になっています。私にとってこの出来事は特に印象深く、校閲記者になって「昴」と「昂」の人名チェックには敏感になりました。校閲のポイントとして、人物の生年と人名用漢字の制定年を見て、「この年齢の人はこの名前ではおかしいのではないか」という判断をすることもあります(改名している可能性などもありますが)。
さて、話をドラフトに戻しましょう。平成になって30回目、平成最後のドラフト会議でもあります。昨年まで約2500人の選手が指名され、うち名前の字が「昂」は6人、「昴」が1人でした。先に人名用漢字になった「昂」がやや優勢です。これから「昂」の選手の活躍で字の知名度が上がり「昴」と間違えられなくなるのか。それともさらに間違いが増えていくのでしょうか。逆に「昴」を「昂」とするケースが出てくるかもしれません。
まずはドラフト会議翌日の10月26日付朝刊各紙に注目してください。「昂」と「昴」が正しく使われているのかどうかと。読者の皆さんの厳しい目が、新聞と校閲記者を育ててくれます。
≪参考資料≫
円満字二郎『人名用漢字の戦後史』岩波新書、2005年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
小林肇「体験学 新聞から言葉を採集する③」日本経済新聞夕刊、2016年12月14日付
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
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