新聞漢字あれこれ78 なぜか間違う 「崇」と「祟」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
似て非なる字に崇と祟があります。意味の違いから考えると間違うわけはないと思うのですが、どういうわけか年に数件は誤った記事が出稿されるのです。
両者は一見似た字ではありますが、崇は「山+宗」で、祟は「出+示」で構成されています。意味は崇が「尊敬する。あがめうやまう」(新明解漢和辞典)、祟は「タタる。わざわいをする」(同)で、字形は似ているものの、全く異なる字です。
それを人名で崇とすべきところ祟とする事例がよくあるのです。かつて某企業の社長就任記事で、名前が祟になって訂正記事が出たということがありました。よりによって社長に決まった記事で「たたり」では、あまりにもひどすぎます。ある程度経験のある校閲記者ならば簡単に救えたミスですが、この時はたまたま経験の浅い担当者だったのが不運でした。
そもそも祟は常用漢字でも人名用漢字でもありません。1948年に施行された戸籍法の「子の名には常用平易な文字を用いなければならない」規定から外れているわけですから、1948年以降に生まれた人ならば、姓はともかく名前については本来存在しないことになります。『増補改訂JIS漢字字典』に「祟宏(タカヒロ)」という人名の用例が載ってはいますが、祟の意味を考えると、1948年より前に生まれた人の中でも少数派なのではないでしょうか。
毎年、新人記者研修では崇を祟に間違えないよう、前述の訂正記事の話をするようにしています。とはいえミスはゼロになりません。記者も1000人以上いれば、つい間違えてしまう人はいるのでしょう。実際、他紙や他の媒体でも見かけることがあります。なぜだか「たたり」と入力してしまうのでしょうね。
ちなみに、同じ職場に崇(たかし)という名前の記者がいます。本人に聞いたところ、祟に間違われたことはないが、嵩とされたことはあるそうです。そして「祟にされるのだけは嫌ですね」とのことでした。同じ間違いとはいえ、意味のうえで祟はより罪が重い感じがします。
崇と祟の間違いは忘れたころに出てきます。油断はしていられません。『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』には間違いを減らそうとの思いを込め、漢字表の崇の箇所に注記として「祟(スイ・たたり)は別字」と入れました。多くの人の目に触れ、ミスが減ることを期待しています。
≪参考資料≫
「『祟』と『崇』似て非なる字」日経ネットPlus、2009年11月6日
『新明解漢和辞典 第四版』三省堂、1990年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『似て非なる漢字の辞典』東京堂出版、2000年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「崇」を調べよう
漢字ペディアで「祟」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。