部首にまつわるミステリー【4】〜『新字源』だけが違う? 部首に対する態度のゆらぎ〜|やっぱり漢字が好き54
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
ここまで、声符がしばしば部首に分類されている「篤」「竺」「筑」「築」「磔」「到」「衡」「巡」の諸字について、中国の字書や日本の漢和辞典における配当状況を一覧した。
前号で挙げた辞書はいずれも、凡例の中で基本的に『康煕字典』の部首分類・配列に準拠すると明記している。しかし実際に比べてみると、『新字源』のみが他の辞書と大きく異なることがわかる(前号の赤字の部分)。
たとえば、1「篤」字は『康煕字典』をはじめとする全ての辞書が「竹」の部首に収めているのに対し、『新字源』のみ「馬」部に配当する。これは「篤」が本来、「馬」が義符、「竹」が声符の形声文字であることに基づく処理であろう。
4「築」字は『康煕字典』をはじめとするすべての辞書が「竹」の部首に収めているのに対し、『新字源』のみ「木」部に収録する。これは「築」が本来、「木」が義符、「筑」が声符の形声文字であることに基づく処理であろう。
7「到」字も多くの漢和辞典が「刀」の部首に帰属させるが、『新字源』のみ「至」部に収録する。「刀」は「到」の声符である。
このように「篤」「築」「到」といった例から見えてくるのは、『新字源』が声符を部首として扱うことをなるべく回避しようとしている姿勢である。『康煕字典』の軛(くびき)から解き放たれているとも言える。
一方、8「巡」については事情が異なる。『新字源』と『漢語林』そして中国の『漢語大字典』が「辶」の部首に配当する(前号の青字の部分)。これは声符を部首として扱うことを回避したというよりも、検索の便宜によるものであろう。実際、『漢語大字典』は凡例でそう明記している。そもそも、明代の字書『正字通』がすでに「巡は辵(辶)の部首に帰属させるべきで、
に配当するのは正しくない。」と指摘している。日本の多くの漢和辞典も「巡」字を「辶」部に配当することが通例である。この点から見れば、「巡」字を「
」部に置く『漢辞海』は、『康熙字典』に忠実に則っていると見なすこともできる。『漢辞海』は初版が出たのが1999年で、刊行は他の漢和辞典より遅いが、その編集方針はかえって保守的である。
繰り返し述べてきたように、日本の漢和辞典は概ね『康煕字典』の部首分類・配列に従っている。しかし『新字源』は凡例で「『康煕字典』の部首分類が不合理な漢字は、所属部首を改め、変更した」と明記し、必ずしも『康熙字典』の枠組みに縛られていない。形声文字の部首について義符を優先し、声符を極力避けるという点では、『説文解字』的なスタンスに立ち戻った感がある。
もっとも、『新字源』が一律声符を部首として扱っていないのかといえば、実はそうでもない。2「竺」は「竹」が声符だが、「竹」部に収録されている。これは義符の「二」が部首として立てられていないことによる、やむを得ない措置であろう。
5「磔」は「石」が声符だが、「石」部に収められている。これも義符「桀」が部首として立てられていないことによる措置である。
7「衡」は「行」が声符だが、「行」部に採録される。これも「
」という部首がないためである(以上は前号の緑字の部分を参照)。
なお『漢語大字典』『新漢語林』は「行」の部首を立てず、「行」から構成される文字を一律「彳」部にまとめている。これもまた検索の便宜によるものであろう。
また、3「筑」について『新字源』は、「竹」と「巩」にから成り、「竹」が声符でもある会意兼形声文字として分析する(前号の紫字の部分)。「竹」が義符でもある以上、『新字源』にとって「竹」の部首に収めることに特段不都合はない。実際『説文解字』も同じような処置をしている。
以上、4回にわたり見てきたように、『新字源』の部首分類には他の辞書と異なる独自の思想が認められる。本稿で紹介した事例はその一端にすぎず、部首配当の揺れを示す漢字はなお数多い。
次回「やっぱり漢字が好き55」は12月1日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
本文参照
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「篤」を調べよう
漢字ペディアで「築」を調べよう
漢字ペディアで「到」を調べよう
漢字ペディアで「巡」を調べよう
漢字ペディアで「竺」を調べよう
漢字ペディアで「磔」を調べよう
漢字ペディアで「衡」を調べよう
漢字ペディアで「筑」を調べよう
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。