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再び街角の異体字について考える―「科」と「升」と「舛」と「桝」と「枡」と「〼」―【下】|やっぱり漢字が好き62

再び街角の異体字について考える―「科」と「升」と「舛」と「桝」と「枡」と「〼」―【下】|やっぱり漢字が好き62




著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授) 

 

 前号「再び街角の異体字について考える―「科」と「升」と「舛」と「〼」―【上】」では、筆者がカメラに収めた「科」の異体字(前号写真2、下に再掲)を出発点として、そのような字形が形成された背景を探るべく、古代中国で「斗」と「升」の字形が接近していたことを、実際の文字資料の写真とともに紹介した。今号では「科」の字形変化について見ていきたい。


「科」の字のアップ。旁が「斗」ではない字体

写真2(筆者撮影)


 前号で紹介した「斗」と「升」の字形の接近は、無論、「斗」を部品として持つ「科」字の上にも生じた。次の図9は前漢武帝期ころの竹簡に見える「科」字であるが、その右の部品の形は同時代の「升」(図10)とよく似ている。

図9(科、北大漢簡『蒼頡篇』69号簡)
図9 科(北大漢簡『蒼頡篇』69号簡) 図10 升(北大漢簡『田書』50号簡)


 前号で紹介した「斗」と同じく、「科」も武帝後期以降、字形が大きく変わった。次の図11は中国後漢の碑文に見える隷書の「科」である。

図10(科、魏元丕碑、隷辨)図11 科(魏元丕碑:『隷辨』)

 図11の右は「斗」に該当するが、前号でも指摘したように、この時期も「斗」と「升」の字形は接近していた。以下に、前号の図7と図8で紹介した後漢時代の「斗」と「升」を再掲する。両者の区別は、文字中段の横画が、左の線を貫くか否かのみである。

斗、礼器碑 升、曹全碑
図7 斗(礼器碑:劉志基2013) 図8 升(曹全碑:劉志基2013)

 次の図12から図15は敦煌文書からの引用で、図12は「斗」、図13は「升」、図14と15はともに「科」である。図14の「科」は「斗」を部品とする一方で、図15の「科」は「升」を部品としている。「斗」と「升」の形が接近していることから、混用された様子が見て取れる。

図11(斗、敦煌文書)
図12 斗

図12(升、敦煌文書)
13 升

図13(科、敦煌文書)図14 科
図14(科、敦煌文書)図15 科

(いずれも黄徴2005による)


 唐の褚遂良の筆よりなる孟法師碑には図16の「科」字が見えるが、右のパーツは完全に「升」の形である。

図15(科、孟法師碑)

図16 科(孟法師碑:梅原1994)


 以上のように、「斗」と「升」は古くは字形が接近しており、時に混用されることさえあった。いきおい「斗」を部品とする「科」もまた、「斗」が「升」に近い字形で書かれたり、さらには「升」そのもので書かれたりすることさえもあった。

 「科」の「斗」がいくら「升」形に接近していたとは言え、中国の歴代の辞書に、「科」の異体字として、「升」から構成された「」を収録するものはない。やはり「科」は規範としては、「斗」から構成された文字と認識されていたのであろう。この認識は、後漢の『説文解字』で「科」を「从禾从斗」〔禾と斗から構成される〕と分析されていることが影響しているとも思われる。


 ここで少し話題を変えて、日本における「升」字の展開について見てみたい。「升」は日本では「ます」と訓読されるが、同じく「ます」と訓読する文字に「舛」がある。しかし中国では「舛」に容器としての「ます」の意味はない。「舛」はもともと「升」とは全く関係のない文字で、「間違う」や「背く」といった意味を持ち、「セン」と音読みされる。

 それではなぜ「舛」が日本で「ます」と訓読されるようになったのか。「升」は崩して書くと時に「舛」の形に近くなる。崩し字からの回帰形が「舛」と認識され、「升=舛」という等式が成立してしまったと考えられる(中田1982、笹原2012)。次の図17は敦煌文書に見える「升」字であるが、確かに「舛」に近い。

図16(升、敦煌文書)17 升(黄徴2005

 中国では早いうちから「升」と「舛」の字形が接近していたようだが、「升=舛」という等式が成立したのは日本だけで、両字は中国では依然として別字扱いである。なお日本で「舛」を「ます」と読む例としては、「舛添」姓が有名である。

 容器としての「ます」は、米や水を量る木で作った道具であることから、日本では木偏が加えられ「桝」や「枡」といった国字が作られた。さらに、容器の「マス」との連想から、「枡」字を、「マス」の形を模した「〼」と書くようになり、さらにこれが助動詞「ます」に当てられるようになった(笹原2007)。

 以上、前号と今号において、筆者が街角で目にした「科」の異体字の成立過程を、「斗」の字形変化とともに紹介した。冒頭の写真のような「科」は、現代の日本では目にすることが極めて少ないが、その由来は相当に古いということがわかる。本コラムでは、関連して、「升」「舛」「桝」「枡」、そして「〼」の成立にも触れた。




次回「やっぱり漢字が好き63」は5月18日(月)公開予定です。

≪参考資料≫

梅原清山『唐楷書字典』、二玄社、1994年
笹原宏之『国字の位相と展開』、三省堂、2007年
笹原宏之「漢字の現在第159回 『枡』か『桝』」か」、三省堂『ことばのコラム』、https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kanji_genzai159、2012年2月3日
杉本つとむ『異体字研究資料集成』1期6巻、雄山閣出版、1974年
中田祝夫『日本語の世界 日本の漢字4』、中央公論社、1982年

季旭昇『説文新證』、芸文印書館、2014年
裘錫圭「裘按」、荊門市博物館編『郭店楚墓竹簡』、文物出版社、1998年
裘錫圭『文字学概要(修訂本)』、中華書局、2013年(稲畑耕一郎・崎川隆・荻野友範訳『中国漢字学講義』、東方書店、2022年)
荊門市博物館編『郭店楚墓竹簡』、文物出版社、1998年
顧藹吉『隷辨』、様家駱主編『樸学叢書』第3集、世界書局、1972年
黄徴『敦煌俗字典』、上海教育出版社、2005年
黄徳寛主編『古文字譜系疏證』、商務印書館、2007年
晋文「里耶秦簡“斗”“升”譌誤問題補説」、『簡帛』第20輯、2020年
北京大學出土文獻研究所『北京大學藏西漢竹書(壹)』、上海古籍出版、2021年
方勇『秦簡牘文字編』、福建人民出版社、2012年
容庚編、張振林・馬国権摹補『金文編』、中華書局、1985年
劉志基主編『中国漢字文物大系』、大象出版社、2013年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「科」を調べよう
漢字ペディアで「斗」を調べよう
漢字ペディアで「升」を調べよう
漢字ペディアで「舛」を調べよう
漢字ペディアで「枡」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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