再び街角の異体字について考える―「科」と「升」と「舛」と「桝」と「枡」と「〼」―【上】|やっぱり漢字が好き61
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
今号は出張編第2弾である。前号同様、出張先の島根県浜田市の街角で目にした漢字を紹介したい。

写真1(筆者撮影)
上の写真1は空き時間で街歩きをしていたときに撮影した、とある店舗の看板である。「科学」の「科」がちょっと見慣れない字体で書いてある。少し拡大してみよう。

写真2(筆写撮影)
この「科」の右旁は「升」の形に近い。現代日本では極めて珍しい字体であるが、過去の文献を紐解くと目にすることができる。たとえば、下の図1は明治16年(1883年)に刊行された『古今異字叢』に収録されている「科」の異体字である。

図1『古今異字叢』(杉本1974)
写真2の「科」字はこの種の異体字を採用したものであろう。この「科」は無論、日本独自のものではない。その由来は中国に遡ることができる。
「科」は「禾」と「斗」から構成される文字である。「斗」と「升」は現代の楷書から見れば、全く字形が異なるが、古代中国ではかなり接近していた。たとえば中国春秋時代の秦公簋という青銅器には「一斗七升」というフレーズが見え、「斗」は図2、「升」は図3のように書かれる。
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| 図2 斗(秦公簋:容庚等1985) | 図3 升(秦公簋:容庚等1985) |
「斗」は水や酒をくむ勺の象形文字であり、「升」はその「斗」に点や線を加えた形である。両字の形体が似ているのは、「升」がそもそも「斗」を土台として形成された文字だからである。
そして「斗」と「升」は形体のみならず、意味カテゴリーも重なっていた(ともに容積の単位で、「斗」は「升」の10倍に相当する)ことから、混用されることもあった。たとえば、次の図4は中国戦国時代中後期の楚の竹簡に見える文字であるが、形として図2の「斗」に近いものの、実際は「升」を表す文字である。前後の文脈から「升」と音の近い{登}(裘錫圭1998)または{陞}(黄徳寛2007)に読まれる(いわゆる仮借)。

図4 斗〈升〉(郭店楚簡『唐虞之道』7号簡)
次は中国戦国時代末期の秦の竹簡(秦簡)に見える「斗」と「升」である。
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| 図5 斗(睡虎地秦簡『秦律十八種』74号簡:方勇2012) | 図6 升(睡虎地秦簡『効律』4号簡:方勇2012) |
ここでもやはり、両字の区別は点や線の有無にある。なお、秦簡上でも「斗」と「升」は混用されたようで、中国秦代の竹簡である里耶秦簡に「一石二斗少半斗」(里耶秦簡8-766簡)という一文があるが、これは「一石二斗少半升」の誤りであると指摘される(晋文2020)。
伝世文献でも「斗」と「升」が混用された形跡が見える。たとえば、中国後漢時代(25年~220年)の班固・班昭らによって編纂された『漢書』に次の一文が見える。
治田勤謹,則畮益三升。(『漢書』食貨志上)
〔畑の管理をまめに励めば、1畝につき農作物を3升増産できる。〕
これに対し顔師古注は次のように述べる。
臣瓚曰:“當言三斗,謂治田勤,則畮加三斗也。”師古曰:“計數而言,字當為斗。瓚說是也。”
〔(西晋の)臣瓚曰く、「『三斗』と言うべきで、畑の管理をまめに励めば、農作物を3斗増産できるということである」。(唐の)顔師古曰く、「計算して言えば、字は『斗』のはずであり、瓚の説は正しい」。〕
つまり、『漢書』は当初の段階から「斗」を誤って「升」と書いていたか、または伝写の過程で「斗」を「升」に書き誤ってしまった、ということである。
「斗」と「升」は中国前漢時代の武帝期初年以前までは上の図5や6のような形で書かれたが、武帝後期以降、字形が大きく変わり、次の図7及び図8のようになった(裘錫圭2013)。これらはともに後漢の碑文の隷書である。
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| 図7 斗(礼器碑:劉志基2013) | 図8 升(曹全碑:劉志基2013) |
「斗」と「升」の区別は、文字中段の横画が、左の線を貫くか否かのみである。貫けば「升」、貫かなければ「斗」。微妙な差異といってよい。
今号はここまでとしたい。次号では「科」の字形変化について見ていきたい。
次回「やっぱり漢字が好き62」は4月20日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
梅原清山『唐楷書字典』、二玄社、1994年
笹原宏之『国字の位相と展開』、三省堂、2007年
笹原宏之「漢字の現在第159回 『枡』か『桝』」か」、三省堂『ことばのコラム』、https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kanji_genzai159、2012年2月3日
杉本つとむ『異体字研究資料集成』1期6巻、雄山閣出版、1974年
中田祝夫『日本語の世界 日本の漢字4』、中央公論社、1982年
季旭昇『説文新證』、芸文印書館、2014年
裘錫圭「裘按」、荊門市博物館編『郭店楚墓竹簡』、文物出版社、1998年
裘錫圭『文字学概要(修訂本)』、中華書局、2013年(稲畑耕一郎・崎川隆・荻野友範訳『中国漢字学講義』、東方書店、2022年)
荊門市博物館編『郭店楚墓竹簡』、文物出版社、1998年
顧藹吉『隷辨』、様家駱主編『樸学叢書』第3集、世界書局、1972年
黄徴『敦煌俗字典』、上海教育出版社、2005年
黄徳寛主編『古文字譜系疏證』、商務印書館、2007年
晋文「里耶秦簡“斗”“升”譌誤問題補説」、『簡帛』第20輯、2020年
北京大學出土文獻研究所『北京大學藏西漢竹書(壹)』、上海古籍出版、2021年
方勇『秦簡牘文字編』、福建人民出版社、2012年
容庚編、張振林・馬国権摹補『金文編』、中華書局、1985年
劉志基主編『中国漢字文物大系』、大象出版社、2013年
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。





