「青」に潜む書籍の歴史 【漢検1級で出題された熟語を解説! 6】
著者:伊藤令子(漢字文化研究所研究員)
漢検最難関の1級では、約6,000字の対象漢字の中からさまざまな熟語が出題されます。中には、漢字そのものは知っていても、複雑な読み方やその言葉の意味を知らないと答えられない問題も。
このコラムでは、実際に過去に漢検1級で出題された熟語を漢字文化研究所の専門家が、その背景なども詳しく解説します!
1)「汗青」の表すもの
漢検1級の難問の中に、「汗青」という語があります。「汗」と「青」といういずれもシンプルな漢字ですが、合わさるとなんと、「史書」や「歴史」あるいは「記録」といった意味を表します。「汗」+「青」=「史書」?と、不思議に感じる組み合わせですが、この語の由来を調べてみると、古代中国の書籍の形態が垣間見えます。
現在書籍というと、一般的に紙に印刷されたものを連想します。中国前漢の時代(紀元前3世紀末~紀元後1世紀初)には、植物性繊維を用いて作られた「紙」そのものはすでに存在していました。しかしその当時の「紙」は、今のような文字を書き写す媒体としてではなく、包装や装飾の目的で使われたようです。*1
古代中国において、文字は紙よりも、石に刻まれたり、木や竹などに記されたりしたものが多く見られます。文字の書かれた短冊状の木札や竹札は、「木簡」、「竹簡」などと呼ばれ、中国各地の遺跡から数多く出土されました。
2) 竹簡と「殺青」と「汗青」
さて前置きが長くなりましたが、「汗青」という語は、古代の書写媒体の一つであった「竹簡」と大きく関わってきます。竹簡を制作する工程の中には、まず「殺青」という語が見られました。この「殺青」は、前漢・劉向の編纂した図書目録『別録』で、次のように見えます 。
『風俗通』曰、劉向『別録』、殺青者直治竹作簡書之耳。新竹有汁、善折蠹、凡作簡者、皆於火上炙乾之、陳楚間謂之「汗」。汗者、去其汁也。
(『風俗通』曰く、劉向の『別録』にはこのようにある。殺青とは、ただ竹を加工し簡を作りそれに文字を書くというだけのことである。新しい竹には汁(油分)が含まれており、虫に食われやすいため、簡を作る者は、みな火の上でこれを炙り乾かし、陳と楚の一帯ではこれを「汗」と呼んだ。汗とは竹の汁(油分)を取り去ることをいう。)
竹簡を作るにあたっては、そこに書かれた文字が長く保存できるように、虫害や腐食を防ぐ必要があります。そこで行われたのが、青竹の「油」を抜くという作業でした。この油は、竹の表面を覆う保護層にあたりますが、カビや虫の温床にもなります。油を抜くと、青竹は青色が抜けて白っぽく変色します。そのため、竹簡を製作する工程の一つである「竹の油抜き」は、「殺青」と呼ばれました。
引用に登場する『風俗通』とは、後漢末の応劭がまとめた習俗や制度、伝承、民間信仰などに関する文献です。『風俗通』の引く『別録』の引用からは、「殺青」の内容の他に、「汗」が「竹の汁(油)」を指すことが明らかにされており、「汗青」もまた竹の油抜きを指す語だと推測できます。
加えて、「青」の漢字に直接「竹」や「竹簡」の意味があるわけではないですが、「殺青」や「汗青」の「青」には、竹簡の材料となった「青竹」の意味が含まれていることも窺えます。
3)「汗青」と史書
「汗青」という語自体はもう少し時代が下ってから、竹の油抜きとは異なる意味で、使用される例が見られます。現在確認できる資料のうち、古いものでは、唐の劉知幾(7〜8世紀)の歴史評論『史通』外篇巻20「忤時第十三」に、以下のように登場します。
每欲記一事,載一言,皆閣筆相視,含毫不断。故首白可期,而汗青无日。
(一つのことを記そうとしたり、一つの言葉を書き留めようとしたりするたびに、筆を置いて文章とにらめっこし、筆を口に含んでどう書くか悩むこと絶え間ない。そのため、髪が白くなる時は必ずやって来るのに、歴史書が完成する日はやってきそうにない。)
この「汗青」とは、竹簡を作る工程ではなく、「歴史書」のことを意味しています。竹簡は編綴されて、そこに法律文書や行政文書、あるいは思想など、歴史を構成する様々な文書が記されました。竹簡を作る工程の一つを示唆する「汗青」は、そこから派生して「史書」や「記録」といった意味を有するようになったのではないでしょうか。
「汗青」や「殺青」といった語には、掘り下げてみれば、記録を長く保存しようとした人々の工夫が潜んでいることがわかります。そしてこれらの熟語にある「青」には、竹簡という古代の書写媒体の存在が刻み込まれています。そうした観点から見れば、「青」はまさに、職人の知恵や、それによって書き留められた事象、つまりは歴史を象徴する色ともいえるかもしれません。
ちなみに現代中国語では、「殺青/杀青shāqīng」は、「脱稿」や「クランクアップ」といった作業の完成段階の意味で使用されます。竹簡の製作過程から始まり、歴史書や記録を指す語として用いられたこの語は、現代で行われる仕事に適応した形で受け継がれています。
次回は3月12日(木)に公開予定です。
≪注釈≫
1 古代の紙や「殺青」については、冨谷至『木簡・竹簡の語る中国古代 -書記の文化史』(岩波書店、2003年)を参照。なお、紙の発明者としては、後漢の蔡倫(1~2世紀)が有名である。冨谷は蔡倫を、それまでの包装や装飾で用いられていた紙を改良し、書写用の紙を実用化した人物と位置づけている。
2 劉向『別録』は原書がすでに散逸しているため、現在は類書(百科事典のようなもの)をはじめとした他文献での引用文からその内容が確認できるのみである。
ここでは北宋の時代編纂された類書『太平御覧』巻606「文部二十二・簡」より引用する。
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