歴史・文化

ちょっとクイズを……|やっぱり漢字が好き57

ちょっとクイズを……|やっぱり漢字が好き57

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 

 新年あけましておめでとうございます。本号が年明け最初のコラムである。そこで、今年の見通しが良いことを祈願して、「目」に関わる漢字を取り上げたい。

 さて、まずはクイズから。上の写真は2024年夏に筆者が台北で筆者が撮影したものである。左の文字列をご覧いただきたい。さて「重」の下の文字をみなさんはどう読むだろうか(以下に、該当箇所を拡大したものを掲出する)。

「見」の字のアップ


 多くの方が「見」(の象形文字)であると答えると思う。実際、正解は「見」で間違いない。「重見臺灣美術史」(意味:台湾美術史を見直す)と表記しているインターネットサイトがあることからも、このことは裏付けられる。

 ところが、筆者が初めてこの広告を目にしたとき、「重臺灣美術史」(意味:台湾美術史を重視する)と誤読してしまった。なぜ「見」を「視」に読み誤ったのか? これは古代中国の漢字を研究している者の職業病が関わっている。以下、その職業病について紹介する。

中国古代資料における「視」と「見」の区別

 戦国時代以前の古文字資料では、「見」と「視」の字体上の区別は現在とは大きく異なっていた。次は中国戦国時代(前5世紀〜前221年)の楚の国の竹簡(楚簡)に見える「視」と「見」である。

A:

(1A)郭店楚簡、老子、視 B: (1B)郭店楚簡、老子、見

 一見するとこの2つの文字はよく似ている。そのためかつては共に「見」と解釈された。しかし1993年に中国湖北省の郭店楚墓から出土した楚簡の中に、『老子』と同内容のものが見つかり、そこには「視之不足見」(これを見ても、しっかり見るほどのものではない)という『老子』の一文を「A之不足B」と書いているものが含まれていた。この発見によって、AとBは異なる文字で、それぞれ{視}と{見}に相当することが判明したわけである(以下、文字それ自体を「 」で示し、その文字が表す意味を{ }で示す)。

 AとBはいずれも「目」の下に人の身体を描いた文字であるが、その姿勢に大きな違いがある。Aの{視}は人が立っている姿の象形で、これは人が立ち上がって能動的に見ることを表している。一方、Bの{見}は人が座っている姿の象形で、人が座ったままでも対象を視認できる、すなわち対象が見える、目に入ることを表していると考えられる。

 AとBの文字の形からうかがうことのできる動作の区別はまさに{視}と{見}の意味上の違いに対応する。ただし{視}と{見}のこのような字体上の区別は楚簡の中で必ずしも厳密ではなかったようで、Aの字体で{見}を表す例もある。

 同様の区別は殷代甲骨文(前13世紀〜前11世紀)からすでにあった。たとえば、次のCは人が立っている形で{視}に該当し、Dは人が座っている形で{見}に該当すると解釈される。

C:

(2A)甲骨文、視{視} D: (2B)甲骨文、見{見}

 現代の我々は{視}と{見}を「目」の下の形で区別するような書き方をしない。これは我々が用いている漢字の体系が文字統一を行った秦の影響を強く受けているからである。秦では{視}に対しEのように、声符の「示」を加えた字体で書き、{見}に対してはFの字体を用いる。

E:

(3A)睡虎地秦簡、視{視} F: (3B)睡虎地秦簡、見{見}


 ここで今一度冒頭の写真に戻ると、「重」の下の文字はまさに、「目」の下の身体が立っている形で、AやCの{視}に相当する。このような知識が邪魔をして、筆者はこの文字を{視}と誤読してしまったのである。中国の古文字を扱う研究者は、同じ過ちを犯してしまうのではないだろうか。



次回「やっぱり漢字が好き58」は2月2日(月)公開予定です。

≪参考資料≫

王鳳陽『古辞弁』、吉林文史出版社、1993年
裘錫圭「甲骨文中的見与視」、復旦大学出土文献与古文字研究中心網站(https://www.fdgwz.org.cn/Web/Show/432、2008年5月10日

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「視」を調べよう
漢字ペディアで「見」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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