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新聞漢字あれこれ52 富山県の方言漢字

2020.09.09

新聞漢字あれこれ52 富山県の方言漢字

 テレビを見ていて、なぜか「うんうん」とうなずいたり、「そうそう」などと言ったりすることが増えたように感じます。番組で富山県の方言漢字について取り上げていたときもそうでした。

 2018年6月、古舘伊知郎さんが司会を務めるNHKのバラエティー番組「日本人のおなまえっ」で、笽島(そうけじま)さんという名字を取り上げたとき、出演者で女優の宮崎美子さんが「こんな漢字、本当に正直、初めて見ました」と驚いていました。日本漢字能力検定の1級取得者で知られる宮崎さんでさえ読めなかったのは無理もありません。笽」はJIS第3水準の珍しい字で、私が「超1級漢字※」と呼び、紙面から日々採集しているもののひとつだからです。

 私がこの字を初めて見たのは2008年春の叙勲記事でした。富山県の受章者の中に「笽島」という姓の人がいたのです。その後、企業の人事記事などでも何回か見かけたことがありましたが、調べていくと富山県に関係する国字だということが分かりました。

 2018年1月、早稲田大学で行われた漢字漢語研究会で「叙勲記事に見える漢字の地域性 ―新聞外字調査から―」という発表をする際に、「笽」の字について調べてみました。『国字の字典』によると、富山県婦負郡八尾町大字下笹原(現在の富山市八尾町下笹原)に笽山(そうけやま)という字名があり、笽は「この地方では、竹で編んだ半円形の物入れのことを言うのだが、偶々この地の地形が『そうけ』をうつぶせにしたような畑地になっていたことから、名付けられたものであろうか」とありました。地名としては「笽山」ですが、姓は「笽島」で、私がこれまで新聞から採集した3人の姓(重複を除く)は皆「笽島」で『増補改訂JIS漢字字典』でも「笽島(ソウシマ・姓)」「笽島(ソウケジマ・姓)」の用例が確認できました。

 『日本国語大辞典』によると、そうけ(笊笥)は「ざる」のことで、竹製のざるを方言で「そうけ」と言う地域は富山県のほか西日本にいくつかあるようです。竹製のざる、つまり「竹で作った皿」を表すには「笽」は実に分かりやすい字で、NHK番組によれば八尾のお坊さんが『笽』の字をつくったのだそうです。

 2019年に出版された姓氏研究家・森岡浩さんの『47都道府県・名字百科』を見ると、「富山市の旧八尾町にある難読名字。『そうけ』とはこの地方で盛んだった養蚕用に使う竹で編んだ笊(ざる)のことで、明治初期に戸籍に登録する際に『笽』という漢字をつくって登録した」という情報が盛り込まれていました。このように新しい研究成果が記録されていくのは貴重なことであり、意義のあることだと思います。

 この7月、新聞の俳句欄を見ていると投稿者に富山市の笽島さんという方がいらっしゃいました。姓と居住地を見て思わず「うんうん」とうなずく私。この「うんうん」という感覚は何なのか、あらためて考えてみました。おそらく、方言漢字という地域文化が継承されていることを確認できた安心感からきたものなのでしょう。ほっとした瞬間でした。

※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。

《参考資料》
NHK番組制作班編『日本人のおなまえっ! 日本がわかる名字の謎』集英社インターナショナル、2019年
小林肇「叙勲記事に見える漢字の地域性 ―新聞外字調査から―」第115回漢字漢語研究会資料、2018年
笹原宏之『漢字に託した「日本の心」』NHK出版、2014年
芝野耕司編『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
日本国語大辞典第二版編集委員会『日本国語大辞典第二版第八巻』小学館、2001年
飛田良文監修・菅原義三編『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年
森岡浩『47都道府県・名字百科』丸善出版、2019年
『富山県報』号外、2016年7月1日付、富山県
『ビジュアル「国字」字典』2017年、世界文化社

《参考リンク》
漢字ペディアで「笊」を調べよう
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<著者紹介>
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

〈記事画像〉or-kame/PIXTA(ピクスタ)(富山市八尾町の街並み)

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