難読漢字

新聞漢字あれこれ3 秋田県から全国区になったもの

新聞漢字あれこれ3 秋田県から全国区になったもの

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 夏の全国高校野球選手権大会で〝カナノウ旋風〟が巻き起こったのはまだ記憶に新しいところです。準優勝に終わりましたが、秋田県勢として第1回大会以来103年ぶりに決勝に駒を進めた県立金足農業高校の戦いぶりは感動を呼びました。大旋風とまでは言えないかもしれませんが、漢字でも1990年代に秋田から一気に全国区へと広がったとされるものに「彅」があります。

 元SMAPのメンバー、草彅剛(くさなぎ・つよし)さんの姓は秋田県に由来があるといわれます。『新田沢湖町史』などによれば「前九年の役で弓を持つ八幡太郎義家の前の草を刀でなぎ払いながら道案内した和泉小太郎と田口左衛門九郎甚内の兄弟がこの名字を貰ったとの伝承がある」(笹原2013)そうで、「彅」は全国的には「SMAPがデビューするまでは使われることが稀な字であった」(笹原2014)といいます。CDデビューが1991年になりますので、このころから「彅」の露出度が高まったというわけです。

 「彅」の字が新聞でどんな使われ方をしているのか見てみました。日本経済新聞の朝夕刊10年間(2008~2017年)の紙面を調べると「彅」は101件掲載されていました。そのすべてが「草彅」姓で、うち74件が草彅剛さんに関するもの。残り27件のうち秋田県に関係するとはっきり分かったものが、県人事や叙勲、高校野球の記事の9件でした。草彅さん自身は秋田の出身ではありませんが、2006年のスポーツ新聞に草彅さんの遠縁に当たる秋田在住の人が熊を撃退したという記事が載っていましたので、ルーツは秋田にあるようです。使用頻度数から見て「彅」の字は、草彅さんが芸能界にデビューしていなかったら、秋田県の地域文字のまま全国区にならなかったといえるかもしれません。

 ところで、インターネット上で「草なぎ剛」という表記を見たことはありませんか。「彅」はJIS第3水準の環境依存文字といわれるもので、パソコンやスマートフォンなどの機種によっては文字化けをするおそれがあるため、こうした交ぜ書きをすることがあります。

 日本漢字能力検定1~10級の出題範囲はJIS標準漢字(第1水準、第2水準の6355字)ですので、私は「彅」などの環境依存文字を勝手に「超1級漢字」と呼んでいます。新聞紙面から日々これらを採集し2万件ほど用例を集めました。全国の様々な分野のニュースが掲載される新聞は社会の縮図といわれます。そこから拾った漢字を眺めていると、それぞれの字の使用される傾向などが見えてきて思わぬ発見があることも。この連載では「彅」のような超1級漢字についても適宜ご紹介していきます。

≪参考資料≫

笹原宏之『方言漢字』角川選書、2013年
笹原宏之『漢字に託した「日本の心」』NHK出版新書、2014年
丹羽基二『人名・地名の漢字学』大修館書店、1994年
丹羽基二『日本人の苗字 三〇万姓の調査から見えたこと』光文社新書、2002年
飛田良文監修・菅原義三編『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

larips / PIXTA(ピクスタ)

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