まぎらわしい漢字姓名・名づけ漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ122 「編」と「篇」の、どこが変?

新聞漢字あれこれ122 「編」と「篇」の、どこが変?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「この『編』は『篇』のほうがいいですよね」。作家・五木寛之さんのインタビュー記事を校閲していた担当者から質問を受けました。

 五木さんの略歴にあった著書名が『青春の門 筑豊』となっていました。用字用語の基準では「」は「」にすることになっており、一見、正しい表記のようにも思えますが、担当者の指摘どおり「」を「」に直すことになりました。ルールでは「」でよいはずなのに、なぜ「」に直したのか。作品名が『青春の門 筑豊』として出版された固有名詞だからです。

 国語審議会が1956年に報告した「同音の漢字による書きかえ」には「」が示され、常用漢字を使う新聞では原則「」を使わず「」に置き換えていて、一般にも広く浸透した表記だと思います。ただし、これは一般用語に限られる決まり事。参考に『明鏡国語辞典第三版』の「」の項目を見てみましょう(用例など一部省略)。

へん【編(▼篇)】[名]①一つにまとまっている詩歌・文章。「詩―」「短―・長―」②書物・文章などで、大きくわけた区分。「全三―の小説」③原稿を集めて一冊の書物を作ること。「佐藤氏の―になる本」◆①②は本来「篇」。③はもともと「編」と書く。

 辞書の参考情報にあるように、語義の①②については「」と書くものでした。これを「」に置き換えることを「同音の漢字による書きかえ」といい、「」は「」の代用漢字ともいいます。代用漢字は当用漢字表(当時)以外の漢字を含む漢語を処理する方法として、漢字表にある同音の別の漢字に書き換えるものです。あくまでも「別の漢字」なので、固有名詞には適用しません。実際、「」は常用漢字で「」は人名用漢字です。どちらも名付けに使える字であり、機械的に置き換えるわけにはいかないのです。「原」という姓を「原」と置き換えてしまっては別人になってしまうと考えれば、分かりやすいでしょうか。

 一方、固有名詞でも漢字を置き換える場合があります。旧字を常用漢字(新字)に改めることです。例えば「櫻田」という姓の場合、「櫻」は常用漢字「桜」の旧字に当たるので、新聞では「桜田」と表記します。同じ字種ということで、旧字体を新字体に置き換えることはその人の名前を変えることにはなりません。教科書や国語辞典が歴史的人物である「渋沢栄一」を「澁澤榮一」としないのも、現代の標準表記で書き表すという同じ理由によるものです。

 校閲をしていると、代用漢字と新旧字体の関係とが混同される事例をよく見ます。固有名詞の「」を「」としてしまうのも、それだけ代用漢字の「」が浸透しているといえるのかもしれません。とはいえ、「」のように定着したものもあれば、第93回で取り上げた「惣菜→総菜」のように、元々の表記のほうが好まれて使われることがあるのも事実です。混同をなくし、より分かりやすい表記にするにはどうすればいいのか。いつも考えさせられるところです。

≪参考資料≫

金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
三省堂編修所編『新しい国語表記ハンドブック第九版』三省堂、2021年
『国語審議会答申・建議集』文化庁文化部国語課、2001年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『広辞苑第七版』岩波書店、2018年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『大辞林第四版』三省堂、2019年
『明鏡国語辞典第三版』大修館書店、2021年

≪参考リンク≫

「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「編」を調べよう
漢字ペディアで「篇」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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