漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ12 「タカネの花」をどう書きますか?

新聞漢字あれこれ12 「タカネの花」をどう書きますか?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「新聞の字が間違っている」という指摘をいただくことがあります。新聞で誤字が全く無いというわけにはいきませんが、なかには〝ぬれぎぬ〟ということも。「ただながめるだけで、手にとることのできないもの」(三省堂現代新国語辞典)の意味で使われる「高根の花」はその代表といえるかもしれません。

 新聞では「高根の花」を標準表記としています。一般に目にするのは「高嶺の花」であるため、「おかしい」「間違いだ」といった批判を受けることがあります。実際、私も校閲記者になったばかりの頃はそう思っていました。

 しかしながら、国語辞典を引いてみると、多くの辞書が「高い峰」の意味で「高嶺・高根」の両表記を挙げています。「高根」については「根」が「木の根」を連想させるためか一般に疑問の声が多いようですが、「根」は「尾根」の「根」で「高い尾根」を意味します。「高嶺」だけが唯一の正解というわけではありません。

 「高根の花」が〝ぬれぎぬ〟を着せられた要因のひとつには「嶺」が表外字であるため常用漢字の「根」に置き換えられたという誤解があるようです。一部の国語辞典に「新聞では高根で代用する」(現代国語例解辞典)などとしているものがありますが、新聞が独自に作った表記ではありません。戦前の代表的な国語辞典『大言海』は「高根」を見出し語にして載せていますし、日本語の履歴書などといわれる『日本国語大辞典』には「高嶺の花」より「高根の花」のほうが古い使用例が載っています。新聞は、従来ある両表記から常用漢字である「高根」のほうを標準として採用しているというわけなのです。

 これまで、新聞の用字用語担当者として「高根の花」の正統性を述べてきました。ただ、連載の第8回で取り上げた「空揚げ・唐揚げ」のときにも書きましたとおり、読み手に違和感のある表記が時を経て変わったという例はあります。新聞が今後も「高根の花」をずっと使い続けるということではなく、将来、標準表記が「高嶺の花」に変更されることがあるとも考えられます。未来の校閲記者たちはどう判断するでしょうか。

 紙面を見ていると、まれに「高値の花」としゃれたつもりで表記した見出しを目にすることがあります。「値段が高くて手が届かない」ということなのでしょうが、個人的にはあまり感心しません。皆さんはどう思われますか。

≪参考リンク≫

『新聞漢字あれこれ8「正しさ」と「分かりやすさ」のはざまで』を読もう(「空揚げ・唐揚げ」)
漢字ペディアで「高嶺の花」を調べよう。
漢字ペディアで「高嶺・高根」を調べよう。

≪参考資料≫

金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
関根健一「表記の整理・統合を」『日本語学』2008年1月号、明治書院
毎日新聞校閲部編『読めば読むほど 日本語、こっそり誇れる強くなる』東京書籍、2003年

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

Kappaの旦那 / PIXTA(ピクスタ)

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