まぎらわしい漢字

新聞漢字あれこれ8「正しさ」と「分かりやすさ」のはざまで

新聞漢字あれこれ8「正しさ」と「分かりやすさ」のはざまで

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 新聞の漢字表記は統一されていると思われがちですが、実はすべてがそうなっているわけではありません。例えば鶏肉などを油で揚げた「からあげ」。日本経済新聞では「空揚げ」と「唐揚げ」の両表記を認めていまして、どちらも紙面に登場します。

新聞・通信社の「からあげ」表記一覧 従来、新聞では「空揚げ」を統一表記としてきました。国語辞典には「小魚・鶏肉などを何もつけないで、または小麦粉やかたくり粉を軽くまぶして油で揚げること」(大辞林)とあり、衣が無いか少ないところから「空揚げ」と書くのが〝正しい〟とされてきました。それが日常生活で「唐揚げ」表記を目にする機会が増え、中国(唐)から伝来した料理だというイメージも手伝い、「唐揚げ」が一般に浸透していったようです。辞典の取り上げ方も「空揚げ」と「唐揚げ」を見出し語で併記するものが増えています。

 新聞以外ではどんな表記をしているのかを確かめるため、近所のスーパーマーケットに行き「からあげ」探しをしたことがあります。肉売り場には「唐揚げ用鶏肉」、総菜コーナーにはパック詰めした「唐揚げ」があり、小麦粉・パン粉の棚には「から揚げ粉」と「からあげ粉」が隣り合い、冷凍ケースの中では「唐揚げ」と書かれた冷凍食品が陣取っていました。日本語表記の多様性を感じるとともに、表記統一の難しさをあらためて考えさせられます。「空揚げ」表記が見当たらなかったのは、もしかすると商品名を決める際に「空(から)」があるとマイナスイメージになるという判断があったからかもしれません。商品が「からっぽ」だと思われたら困りますし……。

 以前、日経新聞記事審査部のツイッターで「からあげ」について、最もなじみのある書き方を問うアンケートを行ったことがあります。回答は「唐揚げ」が68%と多数を占め、「からあげ」(16%)、「から揚げ」(15%)と続き、「空揚げ」はわずか1%(調査結果はこちら)。スーパーで見た使用実態に近い結果で、新聞表記の「空揚げ」はここでもゼロに近い少数派でした。

 新聞校閲を始めて約30年。「唐揚げ」と書いてきた記事があれば、せっせと「空揚げ」と直してきましたが、2016年12月から両表記を認めることになり、そんな作業もなくなりました。この1年では「唐揚げ」7に対し「空揚げ」3という割合で紙面に登場し、日経の表記も社会の使用実態に近づいてきたような感じがします。では5年後、10年後の新聞で「空揚げ」は淘汰されてしまうのでしょうか。「正しさ」と「分かりやすさ」の間で揺れる表記を見ながら考えています。

≪参考資料≫

笹原宏之『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』三省堂、2011年

≪参考リンク≫

日経新聞記事審査部ツイッターアカウント@nikkei_kotoba はこちら

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。

≪記事画像≫

gontabunta / PIXTA(ピクスタ)

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