新聞漢字あれこれ148 「詐」と「搾」 同音ではないけれど
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新聞の社会面を校閲していて「詐」と「搾」を間違う事例を何度か見てきました。同じ部分字形「乍」を持つ2字ではありますが、常用漢字表で示される音読みは、「サ(詐)」と「サク(搾)」で異なります。
詐欺事件の報道では、だまし取る意味の「詐取(さしゅ)」が頻出しますが、これと「搾取(さくしゅ)」がよく混同されます。詐取を「さくしゅ」と誤読した入力ミスもあることでしょう。また、「利益を―する」といった場合では、文脈により「詐取」もあれば、しぼり取る意味の「搾取」もあり得ます。そんなところもミスが生じる原因なのかもしれません。
この混同される2語。実は、新聞・通信各社の用字用語集では見出し語になっていないのです。用字用語集は標準的な表記や同音・同訓語の使い分けを五十音順に載せているため、「詐取」「搾取」のようによく間違われる語でも、音が異なることから並べて掲載しにくい面があります。また、『三省堂新用字辞典』や『必携用字用語辞典』といった一般の用字用語辞典には両語とも用例を含めて載ってはいるものの、やはり五十音順であることから同じページにはありません。
恥ずかしながら日本経済新聞では、かつて「詐取」とあるべきところを「搾取」と誤り、訂正記事が出たことがあります。以後、記者が使う校正支援システムでは両語について注意喚起するようにはしましたが、記者の思い込みもあるのか誤入力は後を絶ちません。次期用語集の改訂では「誤りやすい慣用語句・表現」欄に入れるなど、要注意語として編集職場全体に浸透するように努めたいと考えているところです。
過去には「窃取(せっしゅ)」を「搾取」と誤る事例もありました。これは半導体技術のスパイ行為について書かれていた記事で、文脈から「搾取」ではなく、こっそりと盗み取る意の「窃取」が適切なものでした。単に「盗み取る」「盗み出す」と書けば済むものを、記者がうろ覚えの漢語(熟語)で書いてしまったのが間違いの理由のようです。このときは校閲担当者が正しく直しました。
この5月、ある会合の懇親会で他社の用語担当者と立ち話をしていたときのこと。出版をした際の原稿料の話題になり、某社の人の「会社に全額取られてしまうのですよ」との発言に、「詐取ですね」と言ってしまいました。「詐取」と「搾取」の違いは分かっていても、つい言い間違えてしまう。記者も違いは分かっているのに、打ち間違えてしまっているのかもしれませんね。
次回、新聞漢字あれこれ第149回は7月31日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『三省堂新用字辞典』三省堂、2011年
『新聞用語集2022年版』日本新聞協会、2022年
『必携用字用語辞典 第六版』三省堂、2012年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。