新聞漢字あれこれ40 「伝説の経営者」の名前から

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新聞を読んでいると故人でもよく記事に登場する経済人がいます。後進に大きな影響を与えた人物だからなのでしょうが、そのなかには名前に珍しい字を持つ人もいます。今回は新聞の外字調査で何度も目にする超1級漢字※の2人の経営者を取り上げます。
まず1人目は、スーパーマーケットを展開するダイエーの創業者である中内㓛(なかうち・いさお、1922~2005)氏。〝流通業界の革命児〟などと評されました。名前の「㓛」はJIS第3水準で、日本経済新聞ではかつて「功」と表記していました。一般に分かりやすい常用漢字の「功」を使用するという新聞表記のルールにのっとったものでしたが、2000年1月1日付紙面から「㓛」に表記を変更しています。
これは同日に始まった朝刊文化面「私の履歴書」の連載第2回に「私の名前は祖父が付けた。功ではなく『㓛』で、『力』という字の上に突き出た部分を下に押し込め『刀』として、力が抜けないようにしたという話である」というくだりが出てくるからです。その日だけ「㓛」にするわけにもいかず、以後「㓛」で表記統一することになり現在に至っています。漢和辞典を見ると「㓛」は「功」の誤字や異体字などとされていますが、新聞では中内氏以外でも「㓛刀(くぬぎ)」という姓や「全㓛(まさかつ)」という名前で使われているのを見たことがあります。
もうひとりは〝ミスター百貨店〟の異名をとった山中鏆(やまなか・かん、1922~1999)氏です。伊勢丹専務から経営危機に陥っていた松屋に転じ、副社長・社長・会長を歴任し同社を再建。その後、請われて東武百貨店に移り社長・会長として陣頭指揮を執るなど、百貨店業界の「再建請負人」ともいわれた人物。この「鏆」という字もJIS第3水準の珍しい字になります。
1994年7月の読売新聞のインタビュー記事によると、山中氏は「鏆」について、日本にはない字だと断ったうえで、その意味を「金や鉄をも貫くような強い意志、意欲」と言い、父親から名付けられたものだと述べています。調べてみると「鏆」は日本に全くないというわけではありませんでしたが、大変珍しい字ではあります。『増補改訂JIS漢字字典』には人名で「鏆(タマキ)」「鏆一(カンイチ)」の例が見られます。
名付けに使える漢字の制限が始まった1948年より前に生まれた企業経営者が、だんだんと少なくなってきました。よって珍しい字の名前を新聞で見る機会も減りつつあります。漢字はそれぞれ意味を持ちますが、2人の経営者のように字の形から独特の解釈で名付けに使われることもあります。残念ながら人物紹介で命名の由来に関する記事を見ることはそう多くなく、漢字好きからすれば何か物足りないところがあります。名前の字がその人の生き方にどう影響したのかを考えてみるのも面白いと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。
※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。
≪参考資料≫
小林肇「新聞の外字から見えるもの」明治書院『日本語学』2016年6月号
芝野耕司編『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
中内㓛『流通革命は終わらない―私の履歴書―』日本経済新聞社、2000年
諸橋轍次『大漢和辞典 巻二 修訂第二版第五刷』大修館書店、1999年
諸橋轍次『大漢和辞典 巻十一 修訂第二版第五刷』大修館書店、1999年
『講談社 日本人名大辞典』講談社、2001年
「わたしの道 山中鏆②伊勢丹に入社」読売新聞1994年7月10日付朝刊
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪書≫
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