• 漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ100 追い越しても超えられない人

2022.08.10

新聞漢字あれこれ100 追い越しても超えられない人

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 常用漢字表にある「超」と「越」。どちらも「こえる・こす」の訓がありますが、皆さんは普段どのように区別し、使っていますか?

 新聞では「超」と「越」について、主に次のような使い分けをしています。共同通信社の記者ハンドブック 新聞用字用語集』を見てみましょう。(用例の一部を省略しています)

こえる・こす
 =越〔ある場所・地点・時を過ぎて先に進む〕一線・ラインを越える、垣根・壁・ハードル・ピークを越える〔比喩的にも〕、期限を越える、車で国境を越える、K点を越える、県境を越えた合併、権限を越える、峠・山を越える、年を越す、度を越したいたずら、80の坂を越す
 =超〔ある基準・範囲・程度を上回る〕1兆円を超す、(80時間の)過労死ラインを超える、気温が30度を超える、基準を超える、限度・程度を超える、50%を超える、10万人を超す、範囲・枠を超える、平均寿命が80歳を超える
  〔通常の概念・区分をこえる、勝る〕国境を超えた愛・平和運動〔比喩的〕、師匠を超える、時代・世代を超える、主義・立場を超える、素人の域を超える、想像を超える
〔注〕「勝ち越し、乗り越える、見越す、持ち越す」など複合語は原則として「越」を使う。

 使い分けのポイントは、まず「越」の語義「先に進む」と、「超」の「上回る」にあります。「越」は場所・地点・時を過ぎて先に進むということで「水平方向にこえる」イメージ。「超」は基準・範囲・程度を上回るということで「垂直方向にこえる」イメージで、主に数値関係で使われます。また「超」は、概念や区分をこえるものや勝る場合にも用いられます。

 例えば「ラインを越える」は横切ることですが、「過労死ラインを超える」になると基準時間を超過する意味になるので、同じラインでも越・超を使い分けます。「資金が国境を越える」は国(地点)から国(地点)へ送金されること、「国境を超えた友情」などは国という区分をこえたことになり、国境でも越・超の使い分けとなります。こうした紛らわしい事例があるため、用語集の用例も多く示さざるをえなくなります。

 そんな「越・超」もかつて新聞では「越」に表記統一されていた時期がありました。1948年に出された当用漢字音訓表では「超」に音読みの「チョウ」しか認められず、音読みの「エツ」と「こえる・こす」の訓が採用された「越」を使わざるをえなかったからです。その後、1973年の音訓表の改定で「超」にも「こえる・こす」の訓が追加され、常用漢字表がこれを引き継いだこともあり、新聞は越・超をはっきり使い分けることとし、現在に至っています。



 さて、この連載もおかげさまで100回を迎えることができました。2018年1月に始まった円満字二郎さんの「四字熟語根掘り葉掘り」に続き、9月12日にスタート。円満字さんを追い続け丸4年、ようやく回数で追い付きました。円満字さんは昨年11月に100回を区切りに連載を卒業されていますので、次回で追い越すことになります。

 私の連載は続きますが、回数では円満字さんを超えられても、円満字さんの教養・見識には到底及ばす、本人を超えることなどできません。少しでも近づけるように今後も精進したいと思っております。

≪参考資料≫

氏原基余司『漢字の使い分けハンドブック』朝陽会、2017年
関根健一『なぜなに日本語』三省堂、2015年
文化審議会国語分科会『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』2014年
文化庁『言葉に関する問答集 総集編 7刷』全国官報販売協同組合、2017年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「超」を調べよう
漢字ペディアで「越」を調べよう
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≪おすすめ記事≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

AnnaGr / PIXTA(ピクスタ)

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