漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ81 審判は試合をどうサバく?

新聞漢字あれこれ81 審判は試合をどうサバく?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 職業柄、漢字の使い分けで迷ったり悩んだりすることがよくあります。例えば、審判が試合をさばくといった場合、「裁」と「捌」のどちらの字を当てるべきなのか。

 8月、スポーツ面に掲載された東京五輪の柔道審判員を紹介した記事で、「主審として個人戦最終日の男子100キロ超級決勝を含め約40試合を裁いた」というくだりがありました。これは通信社が配信した記事で、日本経済新聞ではその時の校閲記者の判断で「さばいた」と直し、地方紙などはそのまま「裁いた」としたようでした。

 「さばいた」と仮名書きにしたのは、漢字の意味としては「捌」ですが、「捌」は表外字であるため、平仮名にしたというわけです。審判は勝敗を決める、技が決まったかどうかなどを判断(判定)する立場にあります。それならば「裁いた」でいいでしょう。一方で、サッカーやラグビーの審判(レフェリー)は、選手とともに「試合をつくる」存在だとも言われます。試合をコントロールする人ならば「さばいた(捌いた)」としてもいいと思います。参考に『新聞用語集2007年版』を見ると、どちらの意味にもとれそうです。

さばく
 =裁く〔裁判、裁定〕大岡裁き、公平に裁く、裁きを受ける、事件・罪を裁く
 =(捌)→さばく〔処理する、解きほぐす〕売りさばく、在庫をさばく、魚をさばく、手綱さばき

 前年度に引き続き、秋から専修大学国際コミュニケーション学部で講義を担当しています。この悩ましい漢字の使い分けを、日本語学を専攻する学生たちはどう判断するのかと思い、考えを尋ねてみることにしました。例文を示し、①裁いた②捌いた③さばいた――から新聞として適切な表記だと思うものを選んでもらい、その理由を200字以内にまとめるという課題です。

 結果は①裁いた(5人)、②捌いた(8人)、③さばいた(8人)。②は新聞の表記ルールとしては×になりますが、ここでは「裁」と「捌」の意味で分けて考えてみることにします。③を選んだ8人のうち、「捌」の意味で選んだのは5人で、「どちらの意味にもとれる」「悩んで平仮名にした」という学生も3人いましたので、漢字の使い分けの結果としては「裁」(5人)、捌(13人)、その他(3人)としました。

 「裁」を選んだ理由として「審判員は技の優劣、反則の有無、勝敗などを判定するため、裁判の意味を含む」「『審判』という語には、正否の判断、裁決する意味がある」といった考え方が挙げられていました。そのとおりであり、よい分析だと思います。一方、「捌」を選んだ学生からは「物事を手際よく処理する意味で選んだ」「40試合を手際よく処理した」といった理由が挙がっていました。こちらももっともだと思います。

 そんななかで、あえて平仮名を選んだという学生もいます。「この文脈ではどちらの意味でも通るので、どちらかに断定せず平仮名にした」「法の裁きでもなく、審判が手際よくというと雑なイメージもあるので平仮名にした」という理由にもうなずけます。いろいろと考えた結果、漢字をやめ平仮名にするというケースは、校閲をしていくなかではよくあることです。

 学生の3通りの考え方はいずれも正しいと思います。今回の漢字の使い分けは易しいようで実は難しく、「裁く」と「捌く」は語源が同じともされるので、簡単に意味の線引きはできません。同じ文章を読んで人により意味の捉え方が異なるという点では、読者が多い新聞としてどう表記したらよかったのか、あらためて考える材料であるともいえます。「サバく」にこだわらず、別な表現を考えることも必要になってくるのではないでしょうか。

 校閲記者は時間に追われながら、大量の原稿を読みさばいていくなかで、どの表記が適切か瞬時に裁かなければならない場面にぶつかります。大学の課題のようにじっくり考えたいところではありますが、時間がないのが悩みの種です。

≪参考資料≫

円満字二郎『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
新聞用語懇談会編『新聞用語集2007年版』日本新聞協会、2007年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
『日本国語大辞典 第二版 第六巻』小学館、2001年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「裁」を調べよう
漢字ペディアで「捌」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

digidreamgrafix/PIXTA(ピクスタ)

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